願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

雨とコロコロとから揚げと。

雨。
残業上がりにいつもより遅く学童に迎えに行って、歩きながらここ最近ずっと変わらない同じ言葉を聞く。
「今日もいいことがなかった」

「○○くん?」

と聞くと、頷く。そして今日は彼に何を言われたか、どんな態度を取られたかをぽつぽつと喋り出す。
昨日は初めて感極まって泣きそうになった一瞬があった。
「○○くんがいるから学校に行きたくないの?」
「うん」
「○○くんにいじめられてるの?」
「…うん」
「お母さん連絡帳に書く?」
「…うん」

はい初めてのいじめ案件発生です。

ここ一カ月くらいは毎日その子の名前が出る。
何かにつけて絡んでくるようだ。

コンビニでから揚げを買って食べさせながら二人で歩いた。

コロコロコミックの発売日だから買いたい、と言った息子に。
本屋に寄るにはバスは微妙な距離なので歩いて帰らなくてはならず、いつもは今度にしてと言うシーンだが、昨日は「じゃあ歩くけど?」と言った。「いいよ!」と喜んだので歩くことにする。
途中、コンビニでから揚げを買って食べながら二人で歩いた。

無意識に出る鼻歌が聞こえた。
良かった。

コンビニのから揚げを食べて、コロコロコミックを買う。

そんなことで鼻歌が出るくらい、一瞬でも気持ちが持ち直すならまだ良い。
学校はいやだろう。その○○くんも本当にいやだろう。
でも、一瞬でも心が楽しい気持ちになることがあるなら、まだ大丈夫。

連絡帳に書いて先生にはいじめられていることを報告して対策をお願いし、息子の様子がどう変化していくかを注意深く見ていくだけだ。

これからもコロコロとから揚げで楽しい気持ちになれるならいいのだけれど。

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どうしても自分と会わない人間や、理由もなく自分を嫌う人間、そして攻撃してくる人間。
そういう人間が世間にはいることを私は知っている。大人になるとみんな知っている。
それはなぜかというと、そういう経験をしてきたからだ。
そして、傷つきながらそれへの対応を自分なりに見つけてきた。そして、だから今ここに生きている。

小3で初めてはっきりといじめという範疇のものにぶつかった息子。

これが大事な経験になることを私は知っている。
でも、それは同時に味わわなければ味わわない方がいい経験であることも知っている。
痛みを知れば、傷つけば、他人の痛みや傷が分かるようになる。だが、痛みや傷自体は本人にとって決していいものじゃないのだから。

まだ子供だから本人の言い分だけを信じることはできないのは百も承知だ。
だが言葉でしつこく絡んでくるというのは、知能のついてきた小学校中学年以降のいじめにありがちだからね(˘ω˘)