願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「置かれた場所でどこまで咲けばいいのか問題」

「置かれた場所で咲きなさい」という書籍が話題になった時、読みはしなかったもののその言葉には頷けるところがあったわけでね…( ˘ω˘ )
 

大きな文字で読みやすい 置かれた場所で咲きなさい

大きな文字で読みやすい 置かれた場所で咲きなさい

 

 

「自分探しの旅」なんて言葉を出すまでもなく大抵の人が(もちろん私を多大に含む( ˘ω˘ ))「自分に合ったもっといい(=力の発揮できる)場所へ」と考えるのが主流だった中、「今いる場所が縁でありそれも一つの自分の正解なのだから、『今ここ』でベストを尽くそう」という(風に私は受け取った)主張は新鮮でもあり、自分自身の生き方を肯定されたような気もしたわけで。

というのも、私の性質がそもそもこれなわけですよ( ˘ω˘ )b

自分から環境を変えようとすることはほぼない。変えざるを得なくなった時だけ、その時選択できる中で一番自分にとって良いと思う方を選び、選んだ道でまた努力する。
常にそうであり、「とにかく変化が嫌いだからできるだけ同じ環境で頑張る」という傾向があり、これまで色んな職場を経験したのもすべて「リストラ」「店が閉店」「限界まで頑張ったがストレスで身体に変調が出るようになりやむなく」「夫の転勤」という、「やむにやまれぬ自分以外の都合」であり、普通に「自分の意思で退職」という選択肢は皆無。
しかし、これもしかするといい風に聞こえるかもしれませんが、どんなことであってもある程度「自分の意思で好きに決める」ということは「自分の人生を主体的に生きる」という点においてとても大切なことであって、その意味で言うと私は単に「自分の意思だけで決められない」「周りの流れで決める」「他人軸」という典型的な人間なんですよ。

更にしかし、自分自身そういう性質を肯定的に捉えてそれを良しとしているわけでもないのであって、結果的に「自分の人生を自分で決められない」上に「そのことを自覚して嫌悪している」という二重の拘束になりやすく、心の平穏とは無縁の状況で日々生きているのが平常運転…という修羅の人であって( ´_ゝ`)ナンデウマレテキタシ

そして今回こんな記事を書いているのは、他ならぬ現在もそんな状況であり、タイトルのようなことを考えた次第だから…という話なのです( ˘ω˘ )

現状、仕事が大変つらい。
それはもちろん体ではなく精神的な面なのですが、どういった面でなのか詳しいことは業務内容の漏洩に当たりかねないのでなかなか書けないのですが、他業種の企業に当てはめても理解可能で差支えのない範囲で説明すると、私はパートなので正社員のような研修や社内試験みたいなものがないのですね。
そしてそれは業務に必要な技術の習得必須の対象外ということであって。
つまり、1年がとっくに経過するのに、未だに半人前で普通の業務ができないのです。

ただ、そもそもパートということで産後復帰組のいわゆる時短勤務シフトの適用なのですが、時短スタッフの業務が本来の業務とは違っているということはある。

しかし私が他の時短スタッフと違うのは、他の時短スタッフはもともとは通常シフトをこなしていた人たちであり、本来の業務もこなせるスキルがあるということ。私にはそれはないのです。

なので、心無い意地悪なベテランスタッフにあからさまに「使えねーなチッ」的な態度をとられたりするのですよ。
仮にその意地悪スタッフをジャイアンと呼びますが、このジャイアン、まあこれほどあからさまに性格の悪い人間がいるもんだと驚いたくらいなんですが、この人のせいで正社員で途中入社した人が心を折られてボロボロ辞めていくという大人物なんですが、噂に聞くとあまりに酷いので上司面接も過去に何度もしているという強者で、長いスタッフ曰く「昔に比べたら多少マシになった」という話なんですが、マシになってこれ!?(˚Д˚;)コレナノ!? っていうあれなんですよ本当に…。

で、そのジャイアンとシフトが被ると地獄なんですよ。

彼/彼女(敢えて性別は伏せます)とシフト被りはほとんどのスタッフが忌避しているんですが(彼/彼女よりもずっとベテランのスタッフですらそうである…という暴君の恐ろしさ( ˘ω˘ ))、半人前のパートなんて推して知るべしじゃないですか。

単に物言いや態度がきついだけ、というのじゃないんですよね。ここポイント。
私もいい年なわけで、仕事に関して厳しく接されるのは気にならないんですよ。でもジャイアンがスタッフクラッシャーなのはそういうところじゃないんですよね。
物言いや態度がきついのはもちろんに加えて、分からないことを聞いてもまともに取り合ってもらえない、申し送りを教えてもらえない、なんていう業務上アウトなことも普通にやるのです。もちろんそれでこっちがミスをすると非常に理不尽な怒り方をする。その上、悪意があるわけじゃなく単純に性格が悪いというタイプなので、彼/彼女の行動を支配するのはその時の本人の気分のみ
機嫌がいいと優しい言葉でフランクに話しかけてきたりする、心底厄介なタイプなのです(ヽ´ω`)

好意的に解釈すればなんつーか「ただの子供」なんですが、それがいい年と経験と現場人としてはそれなりの立場になってしまった人なので、キッッイ。

よくいる(?)、「若手の時はいいけど自分が中堅・ベテランになってしまうと駄目さが露呈する芸人」みたいなねw ヘタに周りが注意できなくなって腫れ物に触るみたいに持ち上げるばかりになるから、本人はこの世の花でも実際は人望ゼロでまともな人ほどどんどん離れていく。



心を使役する仕事=感情労働 というのはやったことがある人なら分かるんですが、本当に精神が消耗するじゃないですか。
介護ってきつい仕事の代名詞みたいに言われることが多いですが、単に労働がハードなだけじゃなく感情労働も含んでいるので余計きついところがあるなーと感じていて。
しかも医療スタッフほどじゃないとは言え、その仕事内容が預かっている命や健康に直接関わっているというのは厳然たる事実であって。
そういう、業務自体が緊張感とストレスのある仕事なのに、更にスタッフ間の人間関係みたいな身内ストレスってほんと堪らないわけですよ。勘弁してくれ。バカか。

まぁそうは言っても、私が働き出した当時に比べると結構良い人が増えていて、かなり風通しは良くなっている気はするんですけどね(地獄みは全然前の方が上)。


自己肯定感が地の底レベルに低く、自分軸のぐらぐらしている人間としては、「置かれた場所で咲きなさい」は(その時その時の自分にとって)どこまで適用すればいいのか、というのはすごく悩む問題です。
例えばブラック企業で働き続けている人が心身疲弊しながら「でもここが自分の置かれた場所なんだ…ここで咲き続けなければ」って言っていたら誰もが全力で否定するでしょう。そういうことであって。

自己肯定感が地下何百メートル並みに低い人間としては、それが正常なのかなんなのか判断ができない。できないというより、自分が判断していいと思っていないために判断力が育っていないんですよね。

また、上の例ですが例えブラック企業であったとしても、それで家族を養わなければいけない立場だったりしたらそうそう簡単に辞められないということもあるわけです。

私が今ある状況も、果たして私が一家の大黒柱だったら「辞めた方がいいのだろうか」なんて考えはこうも簡単に選択肢に上がってくるだろうか?とも思うのですよ。*1
実際に仕事のストレスで家でもイライラしたり、疲弊して何もできなかったり、家庭にも自分自身にも悪影響が出ているからこそ今回の記事のようなことで悩んでいるわけですが、そもそも経済的な大黒柱としては夫が稼いでくれているという前提があるからこそ(薄給ですが←余計な一言( ˘ω˘ ))私には「気楽なパート」の立場が許されていて。
しかし更にそれだからこそ、逆に「そんなにいやだったら辞めてストレスなく働ける(=家庭に悪影響を及ぼさない)他の職場を探した方が良いのでは」*2という選択肢の方が、一応は家事育児をメインで担っている側としてはよほど大事なのかなーと思ったりもし、もう何がなんだか分からない(ヽ´ω`)


そんな現状なのでしたー。



「花」と言えばでおおたか静流さんの「花」を貼っておきますね。この人のが一番好きです(´∀`)

 

 

*1:いや現実に大黒柱の方々が普通に辞めていっている職場なんですけどね…

*2:夫にもこう言われている。