願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「罪に向き合ってほしい」?( ˚д˚ )ハア?

※今回の記事は感情にまかせて書いたような短絡的な記事なので、読んでいる途中で不快になった方はそっ閉じでお願いします。


野田市で小学四年生の娘を虐待の末にぶち殺した人でなしゴミクズの裁判のニュースを目にしてしまった。
テレビのチャンネルを変える前に聞こえてきた、被告の母親(被害者少女の祖母)の言葉に唖然とした。

「罪に向き合ってほしい、謝ってほしい」

は…?

四十越えて自分の娘をぶち殺すようなゴミクズに対して、「罪に向き合ってほしい」…?「謝ってほしい」…?

え…今更?そんなレベル…?

四十超えて善悪も親の義務も分からないどころか、人間じゃない所業で年端もゆかない自分の子供を殺した生き物に対しての言葉として、強烈な違和感があった。

そうか…「親として育て方を間違えた。申し訳ない。どうぞ殺してやってください」じゃないのか…

ひどい言葉を使ってごめんなさいね。
でもこれが私の偽りのない正直な気持ち。


私が、人道からあまりにも外れた犯罪を犯したゴミクズはその個人だけじゃなく育てた人間にも非があるという主張でい続けているのはこういうこと。

そうか…「祖母として孫の命を守れなかった、孫を守ってやれなかった自分も悪い、子を殺すような人でなしに育てた自分も悪い、息子を殺して自分も死ぬ」じゃないのか…。へえ…そうなのか…

この祖母と殺された女の子の壊れた家庭がどのような関係でどのような状況だったのか、報道されている以上のことは分からないし、(直接)無関係な他人が加害者身内を正義かざして追い詰めることがいいことだとは決して思わない。

ただ、今回の記事は親である私が思った、ただ素直な気持ち。

殺された女の子の苦しみと恐怖、そしてどんなにか悲しかったかを考えると、なぜ「我が子を理不尽に痛めつけ殺したようなゴミクズ親」が「のうのうと生き暮らすことを前提とした話」をしているんだろう…とただただ不思議でならなかったのだよね。

ゃっぱりそれは自分の息子だからなの?孫より息子が可愛いってことなのだろうか。

分からない。

反省や謝罪の時期はとっくに過ぎていて、この女の子が生きていたなら、それもまだ道としては残されていたかもしれない。
でも、この子は死んでしまった。殺された。親に。世界で唯一、守ってくれるはずの存在に。苦しめられ続け、恐ろしい思いをし続け、誰も助けてくれない世界で、必死で生きてきたのに、とうとう殺された。

何に向き合うの?で、何になるの?
何が謝罪?誰に謝罪?

この親はこの世から消えるべき。

私は昔から変わらない一つの主張を強く持っていて、それは「この世に要らない命はある」ということ。
こういうゴミクズがその一つ。