願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

最近の日本のアニメーションに対する不快さへの自己考察、という駄文。

テレビや外で、いわやる子供向けとしての認知が確立しているアニメ(ドラえもん、鬼太郎、しんちゃん、サザエさんポケモン…などなど)以外のアニメ絵柄が目に入ると何とも言えない奇妙な不快感に襲われる…というのは、まず第一に私が「自分自身がオタクである」という理由が大きいとは思うんですよ(´ー`)
つまり、もともと私に、いつ頃からかテレビのニュースで夏冬のコミケ(最近は5月の他社のやつも話題にしてて震えた)を取り上げるようになった時にテレビの前で「やめてーーーーオタクをそっとしておいてーーーーやめてーーーーー」と目を背けて震える感覚がある、という前提w( ´_ゝ`)
ただしその場合、生じているのは純粋な嫌悪感ではなく、自己への羞恥心であって。
言うならば、自分を辱めることに対して嫌悪感が生ずる、という図式。

 
しかし、今日書きたいのはそういうことじゃなく、例えば今や日本が誇るクリエイターである新海誠氏や細田守氏の作品に代表される、子供向けではないアニメ映画、もっと言えばそういう対象を子供に設定していないアニメーション全般、もっと身も蓋もない言い方をすればもう「ああいう絵柄」(そういやなんで声優に俳優を当てる系の最近のアニメーションはどれも似たようなおんなじ顔なの?言うならなんでジブリっぽいの?(・3・))に対するほんのりした不快さ。…という大変雑な書き方しかできず申し訳ないのですが(´д`)
ちなみに、新海誠氏にも細田守氏にも個人的な思いは何もなく、ここではその作品の評価を語りたいわけでもなければ貶めたい意図もまったくないので、不快に感じられたらすみません。個人に対してはむしろ、クリエイターとしてアニメーションに真摯に取り組まれている姿勢は素晴らしいし、日本のアニメーションの世界的地位の向上に貢献されていて一オタクとしてとても有難い、とも心から思っていて。
あくまで、私が「そういうものに表面的に感じる感覚」について書きたい、というだけの話なので、ファンの方でムカムカしたらソッコーこんなブログ閉じちゃって下さい。怒りを我慢してまで読む価値はゼロだよ!(´ρ`)アホホ

さて、その種の不快さを最近一番強烈に感じたのが日清焼そばU.F.O.のCMであって。


…何と言いますか…自分には一切関係ないにも関わらず見た瞬間奇声を発し布団を被ってのたうち回り…そうな衝動にかられた、という衝撃的作品。

…初見で受けたあまりの心理的ダメージにその時はそれが一体何なのか調べることもできず、後になってからあれは輝夜月(かぐやるな)というキャラクターにマキシマムザホルモンの曲を当てたものだと知ったのです。

…いや…わかってるんですよ…きっとこのCMが今は別にとんでもなくおかしいものじゃないってことは…_:(´ཀ`」 ∠):_
そも、今やジャンル問わず「オタク」の価値はかなり上がっていて、むしろ多くのジャンルでは凡人よりも高い場合すらあって、昔は蛇蝎のごとく忌み嫌われていたアニメや漫画や声優系もなんならまるっとオサレサブカル枠に取り込まれたって感じで、なんならイケてるヤングならその辺りもcool!cool!に押さえとくのがジョーシキっしょ! (*ゝω・*)b⌒☆ラッキュー☆的な感じになっているのは(色々アレな上にさりげなく釣瓶師匠が紛れ込んだ文章)。



今やお年寄りのワールドに足を踏み入れた中年のBBAにとって、斬新すぎた、ただ斬新すぎた新杉田だけなのだ(不要なワードがイン)、ただそれだけのこと…むしろ坊やなのさ…。中年なのに坊やとはこれいかに。

意味不明な呟きは置いておいて、少し触れておくと日清のCMには以前から不快であってね

あの、「アオハルかよ。」シリーズ?っていうの?何アレ( ゚д゚)、ペッ
サザエさんやハイジやらを今風にしたやつにはキモさしか感じず不快さと嫌悪感MAXでしたよ。
いや、あれがもしファンが趣味で作ったものだったり、同人作品とかだったら全然良かったと思うんですよ。評価も違ってた。でも、あのキモいのを公にやっちゃだめだ。法人の資金を使って、他人の作品の二次創作!(しかもキモい!)しかもそれを広告にって。うまく言えないけど、ダメだろ。なんというか、人としてだめだ。そんな感じがする、ダメさ。

今もしつっこくやってるみたいだけど幸いワンピースには興味がないのでそこまでではないんですが、あの、脳内で感じる臭い匂い、日清のCMからぷんぷん臭ってくる悪臭はなんなのか。
熟れすぎて腐ってもげた果物みたいな不快さ。果物は自然だからまだいいけど、人工臭もぷんぷん。
某A元アイドルが客のことを内心キモオタと思いながら作る媚びた笑顔に感じるのと同じ嫌悪感と、うすら寒さ。

薄っぺらなものに感じる醜悪さ。

ドッキリテクスチャー☆(何となく言ってみたかったw(ノ∀`))

…まあだから、カップヌードルのアオハルシリーズのそれと比べれば、輝夜月のそれは「色んな意味で突き抜けてはいる」というただその一点のみで何となく許せそうな気になってくる…という不思議Σ(゚Д゚)ナレタラクセニナル!?…ではあるのだけれど。

色々考えて、我も面倒くさいオタクであることよ…という結論に到ったのは、日清のCM(やその他企業のオタ媚び広告等)に感じる嫌悪感は「シロウトが薄っぺらな知識でオタクに上から媚びるような感じ」であり、最初の方で書いた不快さは「オタクがイキって一般の目に晒されている羞恥」なのだろうなぁ…と思ったから。(やっぱり自己羞恥の類だったw(´∀`))

叩かれるかもしれないが、私は、オタクは所詮オタクであって、「オタクじゃない」一般リア充にはある面で絶対に適わない面があると思っていて、オタクである限り「その絶対適わない面のもの」には(意識的には)手を出してはいけないと思うんですよ。
別にオタクを卑下しているわけではなくて、逆もそうであって。オタクじゃない一般リア充にはオタクでもあるリア充に絶対に勝てない面があるわけでね。(逆に現代はこっちの方が認知されてきたからオタクの地位が上がった)
最初の方で書いた不快さは、これに近いと気付いた。

オタクが必死にリアル世界での一般リア充を描こうとしても、それはできっこない。

それを見せられている羞恥プレイ、という感じ。

憧れや理想をそのまま描いたり、素直に、いや素直じゃなくても結果的に分かりやすくなっているなら、むしろ全然良い。
フィクションは娯楽なのだから、クリエイターは自分の欲望や願望を実現させて全然良い。(エヴァとかまどマギとか見てないけどけもフレとか…?)
むしろ、隠そうとしないで欲しい。精密にリアルに作った世界に、リアルとして追及しないで欲しい。
それは偽物になってしまうから。
私が潔さゆえにSFファンタジーが好きなのは、だからなのかもしれない。


文学界で言えば村上春樹とかも私はそうで、非モテのキモい妄想をさも高尚ぶった文学に仕立て上げているのが恥ずかしくてたまらないのだけれど*1、だからこそ世界的に人気なのはある意味良かったと思う。うまく言えないけど、「そういうもの」と認められるから。
多くの人が支持するものにはやはり価値があるのだ。

そう、フィクションはすべてそういうフィクションとして地位を確立して欲しい。そうすれば私の心のざわざわも収まるような気がする。
胸を張って創作感を表に出してほしい。「ねえねえ現実ってこんなんでしょ?ほらほら実際こんなことあるかもでしょ?」って必死で作り込んで来ないでほしい。ないから。オタリア充(動物ではなくオタクのリア充の意です(´∀`))の考える非オタリア充なんて大抵違ってるから。昔で言えば女子は更衣室でパンツいっちょになんてならないから、みたいな。(今なら逆に様式美扱い?)

ジャパニメーションが世界でもっと支持され、村上春樹級の評価や賛辞や人気を得たなら、私も「これはこういうフィクション枠」とスッキリ切り離して受け入れられる、気がする。

 

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 動物のオタリア(´∀`)

 

*1:念の為、あくまで私がそう感じるだけ、という話です。また春樹ディスを書くときは必ずこの注釈をつけていますが、「世界の終わりと~」とか「ねじまき鳥~」とか好きな作品もちゃんとあるのです!村上春樹が凄い作家なことは間違いなく、ただ「ノルウェイの森」が自分的に酷過ぎてw