願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「情報が発信できるから口をつぐむ」という選択。

「情報が発信できるからこそ口をつぐむ」という社会になってきたなーと感じます(´ω`)

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人は人と繋がりたい生き物…(˘ω˘)

ネットって「情報を手に入れる」ツールとしてはとにかく優秀で、自分の中になかった知識や情報を一瞬で大量に手に入れることができる。
また、今までなら黙って握り潰されてきた不正や理不尽などを世に拡散、糾弾する手段としても優秀。

共感を募り、社会を変える大きな手段。
そういう面でこれまでは「弱者」のツールの代表として使われてきたと思う。

けれど、ネット社会は成熟?してきて、(パソコンを触ったこともないサイバー担当大臣なんかも未だにいたりしたけれど(ノ∀`)wwww)これまではどちらかといえば無縁だった年代や職種の人たちも活用しだしたり、これまではテレビCMや新聞一面広告などを宣伝に使ってきた大企業がネット発信に力を入れるようになったり、豊富な資金にモノを言わせて色んな試みをネットでするようになった。

これまでも「ネットにある情報は真偽が曖昧、玉石混合」というのは大前提で、いにしえの「嘘を嘘と見抜ける人でないと~」という2ch創設者ひろゆきの名言が表しているように、ネットはデジタルツールなので画面上の画像や文字・スピーカーから聞こえる音声しかこちらは受け取れない。
現場の「その空気」、ましてや「本当のリアルなその状況や真実」なんてものはそこからきちんと見えるとは限らない。

特に、人の「思いや思考」といったもの。

実際にリアルに対面で人と接して会話をしていても、相手がどういう意図で今その言葉を発したのか分からないことがある。
人と会って話をした後になって自分の言いたいことが正しく伝わっただろうかと自問して悩むことがある。
そういうことは日々日常茶飯事だ。

なのに、尚更、文字だけで人が人の真意を汲み取れるわけがない。

本来。

有名人のTwitter炎上が珍しいことじゃなくなって思うのは、文章を書く、人に伝える、ということのハードルが上がっているということだ。

そもそも上に書いたように、「誰かに自分の思いを正確に伝える」のは本来かなり難しいことなのだ。

対面で会って直接話をしててもそうなんだから、文字だけで正確に伝えることなんて本来できるわけがない。
それも、相手を知っていて、親しい友人や家族ですらそうなのだ。

会ったことも見たことも、ましてや名前も属性も知らない匿名の個人と、正しく意思を疎通し合うなんて不可能に近いはずなのだ。本来。

Twitterのようなそんなツールで、どんなに穏健な内容であっても自分に直接起こったことじゃない政治や宗教や事件事故等の社会的な事柄について発信することは有名人にとっては「危険」でしかいないのだよね、本来(´д`;)

返ってきた反応に一切応答しないと決めて発信するのでもない限り、チラシの裏にでも書くのが一番なんだよ。

「そのどっちにしても自分の内から『発信』する意味がない」と思うだろうか。

そうなのかもしれない。

私も、基本もし誰かに何を言われても聞かないと思いながら(すみませんw(ノ∀`))このブログを書いている。それじゃ紙に書いて誰にも見せない日記と変わらないだろうか。違う。
違うからこそこうやって何の役にも立たない駄文を世界に向かって垂れ流しているのだけれど、何がどう違うのかというとミジンコのような自己顕示欲と承認欲求がミジンコくらい満たされるから…しか思いつかないw(ノ∀`)ミジンコニシツレイ

もしそれがなくなれば、或いは、払う心的犠牲がそれに見合わないと感じる時がくれば、今後の発信を考えることになるだろう。

でもまぁブログは文字量も多いし、その能があるかどうかはさておきw自分の持ちうる言葉を尽くして丁寧に書くことはできる。

反面、Twitterのような短文ツールでは周知の物事について自分の思いや思考を発信するのは危険の方が大きくなっている。
言葉を選んで誰も傷つけないように書いたとしてもアラを探す人は必ずいるし、完璧にそれができたとしても逆にそんな無味無臭な文章に魅力があるかどうかは謎だ。そんな文章を書く意味はあるのか。

自然、当たり障りのない自分ローカルの日常の淡々とした呟きか、そうでなければ何に対してもポジティブ寄りか毒のない面白さで料理する方向に行くしかない。

面白Twitterまとめなんかを眺めているとTwitter独特の言い回しというものがあって*1、それはもしかしたらTwitter独特ではなくて今では普通の若者言葉や或いは単にオタク言葉なのかもしれないけれど、その、「対象の本質を鋭く短く面白く表現する」言い回しは本当に秀逸だと感じる。

そういうものができない、もしくは肌に合わない、そんなことやっても意味がない、と感じる人にはもうTwitterは向いてないんだろうw(ノ∀`)

著名人にもTwitterを辞める人がでてきているようで。

何かを発信したい、という欲求はそう簡単に抑え込めるものじゃない。でもTwitterはもう科学反応が激しすぎた、流れが急過ぎた、非礼に疲れた、そう感じた人が次に行くのはもう少し匿名性の薄いもの、もしかしたらmixi回帰だったりするかもしれないw(ない←失礼な文章(ノ∀`))

なんていう、まとまりのない駄文を垂れ流して今回も終わってゆくのでした。


…と終わる前に、自民党が恥ずかしげもなく失言を防ぐガイドラインを作ったそうでwww(ノ∀`)

そもそも政治家の「失言」は失言じゃない(=本音が出ただけ)と思っているんですが、まぁ党関係なく議員センセー様方の口滑らかせのあまりのひどさに現実的にガイドラインを作るのも致し方なかろうとは思います。が、中身を見るにこんな当たり前のことを言われないと分からない人間的資質の低さ=現国会議員たちのクソさ、に、げんなりを通り越して笑いが出てくるってもんで(´д`;)終わってるなニッポン…。



 

 

*1:Twitter 言い回し」とかでググると割と出てくる。句読点を打たなかったりするのが多い印象。