願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

いなくなるひとびと

なぜか自分の周りから人がいなくなるなーと折に触れてしょんぼりする定期(´・ω・`)
何十年も繰り返す定期凹みです。

私はそもそも人に嫌われるのが怖すぎて、どういう態度でいればいいのかわからない、という真正コミュ障側の人間。
嫌われないように必死に振る舞っても、なぜかいつの間にか仲間から外れている…ということがよくあります。

そんな私です、こんにちは。介護パートと来年度PTA委員の準備に追われHPゼロ状態が続き、すっかりご無沙汰しておりますが、皆様お元気でしたでしょうか(´∀`)

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いつからか自分はヒトじゃなくモンスターだと気付いた(´∀`)
サンドウィッチマンのトミーさん(富澤たけし)の別名で悲しきモンスターというあだ名があるのだけれどw、自分もまさにこれなんじゃないかと。
ヒトと仲良くなりたくて里に下りてくるんだけど、どうしてもうまくいかないんだよね、モンスターだから…。ヒトになりたくてもどうしてもなれない。頑張っても
所詮ヒトじゃない。奮闘して、でも傷ついて、山へ帰っていく…悲しきモンスター。

そんな風に感じることが続いていて心が折れまくっています(´∀`)
顔文字が笑顔なのは虚勢を張っていないと風に飛ばされて砂になりそうだからです(笑えないウソ☆)

例えばですね、年とともに生活が変わって友人と疎遠になるということはありがちなことですが、私が分からないのは、それまで遠距離に住んでいて年賀状だけの付き合いがあった人と、引越しや転勤などでたまたま距離が近くなり、「せっかくなので今度会いませんか」という話を出した途端疎遠になって年賀状も途絶える人です(´・ω・`)イミフ

なんかね…上記のことがたまたま別口で何人か続いたんですよ…心、折れる。

えっなんなの?(゚Д゚;)ってなる。
「年賀状くらいならいいけど別に会いたくないわ~(´∀`;)コマルゥ」と思ってたってこと?ねえ、そうなの?(゚Д゚;)
悲しいというか…イミフなんですけど!ヽ(`Д´)ノ(逆切れ(o^-')b☆)
会いたくもない人と年賀状やりとりする意味ってなに!?ばか!!うんこ!!(古いネットスラング(o^-')b☆)


…ところで、少し話は逸れるんですが、上記の「自分の周りから人がいなくなる」ということの間接的な原因とも言える自分の問題について少し書かせて下さい。

私には若いころから、「どこにいても落ち着けない」というような感覚があって。
ただし、よく「いつも動いていないと落ち着かない」とか「一つ所に長く留まっているのが合わない」という人がいますが、私は全くそういうことはなくて、なるべくならどこか一か所に根を下ろして落ち着きたいタイプ。←だから長く続いた転勤族の日々は本当にストレス。
なのに、どこにいても「このままここにいていいんだろうか」「ここにいることで周りからどう見られているんだろう」という不安が出てくる。
そしてそれは自然に解消されることは決してなく、どんどん大きくなり、結果的にその不安やそれを解消できない不満を抱えながらそこに居続けるか、いてもたってもいられなくなって飛び出すか…のどちらかになってしまう、という。

例えば私はもともとオタク気質なんですが、若い時から、そういう同士と一緒にいるともちろん心底楽しい反面、でもどこか同族嫌悪というか、完全にオタクに浸かりたくないという意識があるというか。引きこもり文系の仲間が欲しいと願いつつ、いざそういう仲間ができても他の世界が気になって心からは落ち着けないというか。
…いやここ、もしかしたら「ああオタクの話ならわかるわーw(´∀`)」と思われる方もいるかもしれないんですがw(決して自分含むオタクを卑下しているわけではないのです!)私の場合、別にオタクとか陰キャとかに限った話ではないのです。

例えば、売れないアマチュアバンド仲間で和気あいあいと練習なんかをやっているおじさんなんかをテレビで見て、「ああ楽しそうだな~かっこいいな~(´∀`)」と思いつつ、リアルにこれが自分だったら…と想像したら、いてもたってもいられなくなるというような。
それは決して「売れていないバンドで音楽活動を続けていること」自体がどうこうというわけじゃなく(いやそれはそれでリアルだったら自身の不安材料ではあるのだけれどw)、どんな業界で、どんなジャンルのコミュニティーに属していても、私は必ずそう感じてしまう、というところに問題があるのです。

もちろん、その時代・そのコミュニティー内でいわゆる「勝ち組」の中にいた時でもその焦燥感、不安と不満は変わらなかったということです。

どこにいても、常に「自分の属している世界」がこれでいいのか、自分はここにいるままでいいのか、常に不安で仕方ない、という感じ。
いつも不安が心にあって、足場はいつも宙に浮いている感じ。

だから、それはつまり、誰といても、どこにいても、たいてい心の底からは楽しめていない、ということであって。
そんな人間と一緒にいたい、楽しい、と思う人なんてよほどの変わり者か同類か、聖人しかいないわけで、私と好んで付き合いたいと思う人がそもそも少ないであろう…ことは当然とも思えるのです…

さて、そんな話をSNSで妹としている時に彼女が言ったことに「心にギャルを飼うといいよ!」というアドバイスがあってですね。
妹曰く、「何に対しても心の中で『~じゃね?』って言ってるといいよ!」
…言いたいことはなんとなく理解できるもののw…しかし自分の中にギャル要素が一片も存在していないので、飼いようがないよw(ノ∀`)

そういう時の対人アドバイスとして妹が言ったような「ギャルみ」が強者なのはなぜかというと、「ギャル(という概念)」の内包しているものが「ぶれなさ」「絶対的な自信」だからなんですよね。

対人関係において、大概の悩みや問題というものは本人がそれを苦痛に感じているという大前提があるわけですが、つまり苦痛を感じなければそれは問題ではなくなるわけで(少なくとも本人にとっては)、そこで必要になってくるのが「他人に流されない」「他人の態度に一喜一憂しない」「周囲を気にしない」というスキルなわけで、対人関係で悩みがちな人間というものはそもそもこれらのスキルが抜群に低いわけですよ(´ー`)
で、「ギャル(※概念としての)」が絶対的強者なのはそのスキルの高さ故であって。

例えば「ギャル(※概念上の)」が少し古いですが「マジすげえ」「まじぱねぇ」的なことを発していても、彼女らは本当にはそこまで驚いていない。
そんな簡単に取り乱したりしない。表層的には常に凪。常に達観、しなやかに揺れる葦。それがギャル。m9っ`Д´)ソレガギャル!

心にいつもギャルを!!は名言だとは思うわけで。

でも私のように一片もその要素がないとねぇ…イキリヤクザの要素ならあるんですが…(´ー`)

 


最後に、職場でどんどん防虫どんどん防虫とどんどん防虫剤を入れていくドン小西状態(ものすごく分かりにくい上に必要性の全くない表現(o^-')b☆)で職員が辞めて行っていて、一体どうなってしまうのだろう…と感じている現状を呟いて終わります(´∀`)どこでもいなくなるひとびと…