願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「24時間テレビ」を見ない側である私の今年の感想

みやぞんが24時間トライアスロンに挑戦したという今年の「24時間テレビ」。
我が家ではもともと見る習慣がないのと、更に私自身は昔からこの番組とこの耐久レースの意味が分からないのとで今年もほぼ見ていないんですが、全く一瞬も目に入れていないというわけでもなく、「見ていない側の感想」という何を言っているのか分からない記事タイトルになりました(´∀`)

時々ザッピングで映った時や、テレビをつけていたい時間帯なのに見てもいいと思える番組が他に全然ない時に少し眺める感じで、さんまの「お笑い向上委員会」のスタジオ脇芸人で知った今や「みんな大好き・みやぞん」のとても好感が持てる人柄にひととき癒されたりはしました。

そんなわけで、以下つらつらと。

24時間耐久レースの意味が分からないと言っても、実際にそれに挑戦させられるする芸能人の方の努力や頑張りを貶めたい気持ちはもちろんなくて、「仕事とは言えご苦労なことだなあ…身体を壊しませんように(´・ω・`)」とはいつも思う。

この番組はチャリティー番組などではなく、出演者には相応の謝礼が普通に支払われる普通の「バラエティー番組」であって、耐久レースの挑戦者にももちろん通常以上のギャラが支払われるわけだから、れっきとした「単なる仕事」だ。
もともと体を張る芸をしている芸人などにとっては通常業務の範囲だと思う。

あとちらっと見たのは、目の不自由なブラインドダンスという社交ダンスの競技に健常者の芸能人がパートナーになって出場、軒並み優勝、という話。
よく知らないチラ見の視聴者としては「そりゃそうだろう…」としか思わなかったというね。
余計なお世話かもしれないけれど、これは他の一般の出場者の方はどんな感想だったのだろう。
私はゲスな方の人間なので「ズリー(゚⊿゚)」と思ったけれど、そんな感想はないのかな。思うところはありつつ、それでも競技のことや障害について認知や興味が広がるなら歓迎、というスタンスなのだろうか。それなら良いのだけれど。

「芸能人は客寄せパンダ」という言い方はよくされる。
自分らは客寄せパンダであるから、目一杯使って欲しい、と自ら言う芸能人もいる。それはその通りだし、自分の役割をよく知っているなーと思うし、でも言うは易し行うは横山きよし…なわけで、実際にそれをちゃんとできる人はすごい。偉いと思う。頭が下がる。

この番組は見ない。
耐久レースの意味も意義も分からない。普段いい暮らしをしている芸能人がいっときの苦痛で汗と涙を流し、相応のギャラをもらった上で何かをやり遂げる様を見て「励まされた」「勇気をもらった」と感じる人は多分、健常者にはいない

けれども、今現在実際に身体に不調がある人、回復の見込みのない、或いは回復の難しい障害を抱えている人にとっては、全く別なのかもしれないと思う。

いっときであっても、ギャラをもらってであっても、何か苦痛を堪えて何かをする、ということの難しさを国民的認知度のある芸能人が実際にライブで体現してみせてくれ、それを全国放送のテレビで一般の健常者の視聴者に親しみやすい形で伝えてくれる
実際に障害のある身体的な辛さや努力の困難さ、そしてとりわけ社会的ハンディの重さなどは伝わらなくても、国民的好感度のある芸能人がいっとき、24時間という一瞬に比べればかなり長い時間苦痛を感じながら何かを乗り越えようとする姿には、私のような「たまたま運よくまだ健常者の範疇にいられるだけ」の人間になんて理解できない、意義があったりするのかもしれない。

少なくとも、この年一回の番組に出たいために辛いリハビリのモチベーションを保てたり、この番組の存在によって気持ちが何かしら前を向く要素が生まれるのだとしたら、この番組にはれっきとした意義があるのだろう。 

真のところはわからないけれど、そんなことを思った夏休み(←息子の)の終わりなのでした(´ー`)ナーツノオーワーリ~♪

 



 

 

夏の終わり

夏の終わり