願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

泣くのがいやなのは…

泣くのがいやだと思う時がある。
自分にはその資格がないと感じる時。

涙を流していいのは、その代価を払った者だけだと思う。

毎日を必死で生きている人だけが、辛い話や心を動かされる話に触れて泣いていい。

一生懸命生きている人だけが、泣く資格がある。

テレビのこちら側で安穏とした環境にいる私が、内戦や弾圧で虐殺されたり大怪我を負ったりした子供の姿を見て涙を流すなんて、自分がとても汚いものであるように感じる。
涙を流す行為には実際的に心の浄化作用があると知ってから、その思いは余計に強くなった。
遠い誰かの生死の不幸を自分の心を洗うのに使っている。
汚い存在だ。

私が私自身の日々を私なりに懸命に過ごしているならまだいい。

家事に雑事に息子のこと。手を抜かず真剣に、手を抜いても少なくとも「面倒くさい」などと思わないでいられたら。少しは違うのだろう。
私は何もかも面倒くさい。
何もやりたくない。
一人になりたい。
一人になって、ただただ横になって目を閉じていたい。

そんなだらけた汚いゴミのような私が、「ちょっといい話」を見て胸が痛くなって泣くなど。
バカか( ゚д゚)、ペッと思う。



私が、大好きな漫画なのに「夜廻り猫」の単行本を買えないでいるのはそんな理由だったりする…

夜廻り猫(1) (ワイドKC モーニング)

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