願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

犠牲のはなし

※独り言です(不穏なタイトルですがいつものしょうもない自分語りですw(´∀`))

最近、私は息子が可愛くてならない。

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 それと同時に、強い悲しみに襲われてどうしようもなくなることがある。
なぜかというと、私はこのつい最近まで息子を可愛いと思ったことがなかったから

自分でも異常だと分かっていて、そしてその自覚もあって、 

↑一度こういう記事にもした。今でも不思議な感覚で、どうしようもない悲しみと後悔に襲われて苦しんでいるが、それでもどうしようもなかったことは本人である私が一番知っていて、だからこそ苦しくて悲しくていられなくて辛い。

今でも可愛いのだから、赤ちゃんの頃は本当にどんなに可愛かっただろうと思うと、写真のまるまるとした息子の笑顔に、吐くほど嗚咽が込み上げてくる。何かの病気なのかもしれない。

自分を擁護するでなく、自虐するでもなく、ただもう必死だったのだ、と思う。
自分の心が麻痺していて、それは息子をただただ可愛いと思う気持ちの部分であることを私は知っていた。
そこが麻痺していることも知っていて、でも、当時はどうすればそこを解放できるのか知らなかったことと、私の対峙している現実の中でそんな余裕が自分にはとてもなかった、ということがある。

震災と、慣れない育児と放射能への不安と対策と、寝れないストレスと疲れと、貧乏と、見知らぬ土地への引っ越しと、…それらが全部重なって、私の精神を壊しかけていたこと。
「息子を守る」ことだけを最重要優先事項に設定して、それに沿って感情や思考を自動操縦していたという気がする。
私のキャパシティーは崩壊寸前だったから、「息子を守る」ためにあとの全ては犠牲になったようなものだった。
「可愛い」と感じる神経までを麻痺させて、息子の命と健康と最低ラインの愛着と発達を何とか守った。

ここ最近ずっと夫のことはボロクソに言っているけれど(カテゴリ「夫」をご参照ください(´ー`))、夫にはここだけは本当に心から感謝していて、それが私がかけてやれなかった間の「掛け値なしの愛情と愛情表現とどこまでも優しい態度」を息子に十二分に与えてくれたことだ。
また、夫の両親も遠方ながら息子を本当に可愛がって甘やかしてくれ、一切の甘えを許さない鬼のような私の代わりに「肉親の甘やかし」を経験させてくれた。
私側の両親はそういうところでは多少変わっているというか気難しいところがある人たちなので(それでも彼らとしてはかなり甘やかして可愛がってくれてはいて感謝はしている)、子供大好き・孫大好きな義両親には感謝してもしきれない。
息子は完全なパパっ子だけれど、それは当然なんである。

自分を擁護する気は全くなくて、むしろ過度に責めることでおかしくなることを恐れていて、本人がまともに育たなかった(=健全な子供時代を安心の中でおくれてこなかった)側の人間というもの(=私のこと)が人間を育てる段になるとどこまで犠牲を払わないといけないことになるのか、骨の髄まで叩きのめされて思い知った。
一番可愛いわが子の、一番可愛い時期を「可愛い」と思えない、という犠牲を私は払ったのだなぁ…とぼんやり思う。(それは罰でもある)
それで息子が無事にここまで育ったのだから、これで良かったのだ、良かったとまでは思えなくても、そうするしかなかったのだと言い聞かせる。
でも、泣くよ。



当たり前だけれど、「それ」以前のものは全て犠牲になっている。
特に夫との関係などは今更書くこともないほどだけれど、もう死ぬまで元に戻ることはないだろうなぁと思う。
昔は色々話をして、スキンシップをしながら二人でテレビを見たりおやつを食べたりしていたこともあった、というのが正直信じられない。あれは何だったのだろう。大昔の別人の記憶のように感じる。

とにかく、犠牲にできる全てを犠牲にした。最後に残った「息子を可愛いと思う気持ち」まで犠牲にしたのだから。

それくらい私には過酷だった。それは私がいかにまとも以下な人間であり、心が正しく育ってきていないか、ということで、親という恐ろしい影響物の恐ろしさ(幼稚な二重表現(( ´_ゝ`))については、この6年間嫌というほど噛み締めてきた。
苦虫を噛むように、はたまた砂を噛むように。

息子を何よりも、ある意味では確かに自分よりも大切に思う気持ちは一つも変わらない。息子がこの世に生まれる前から、ずっとそれは変わらない。
だから、息子のために一番優先させなければいけないことを優先させてきた。
ただ、それ以外のことにかける労力が私にはなかった。
息子を死なせず、病気にせず、健康で、最低限できる限り衣食住と清潔に気を配り、アレルギーが出ないようにして(息子はネコ・ダニ・ハウスダストアレルギー持ち)、体に良いものを食べさせて、たくさん寝させて、義務として外の空気に触れさせたり、予防接種などの外出をすること。
そして、「私」を維持すること。私が壊れてしまわないこと。私が死なないこと。

これらだけで私は限界で、そこに「息子をただただ『可愛いな』と思う」「息子といることが楽しいと感じる」という「私個人のプラスの感情」に回すエネルギーはなかった。ただそれだけのことだった。

息子が死なないことの次に優先したのは、ノイローゼ等になって私が死なないようにするということだった。息子にとって息子本人の命や健康が損なわれることの次に不幸なことは「母親が(子供自身のせいで)いなくなること」だと思ったからだ。
私は安易で幼稚な自己犠牲を嫌っていて、特に「自分が我慢すればそれでいい→結局身体を壊して逆に皆に迷惑をかけるor自殺して周りに悲しみとPTSDを植え付ける」ような話が最も嫌いで。
息子にとって大事なのは母親が自分が原因で死んだりせず、ちゃんと生きていること。そして無事大きくなった息子からの恨みをちゃんとぶつけられることだと思っていた。
私は悪い母親で、ダメな母親で、でも絶対に死なない。そのために心を鬼にして寝たりした。泣いているのを放置してずっと夫にまかせたりした。本当に狂ってしまわないように。心が最後の一線を踏み外してしまわないように。

私は鬱病は甘えだと全く思わないけれど、「鬱病になりやすいと思われる性質を治そうとしない」のは甘えだと思うのは、こういう理由。
浅はかな自己犠牲は自己満足の極致以外の何物でもない、ということをまだあまり大きな声で言えないないような「中途半端な自己犠牲が美徳とされ賞賛される社会」がいつも残念に思う。
周りの人間に本当に迷惑や心配をかけたくないと心底思っているなら、時々敢えて「迷惑をかける」という勇気も必要なのだ。その個別の行動自体は褒められる行動じゃなくても。



私は自分について自信もないし、だから過信もしなかった。ただそれだけなのです。私は強くない。いやかなり弱い。
自分が本当に狂ってしまう危険性があること、本当に死んでしまう可能性があること、それよりも間接的にであっても結果的に息子を死なせてしまう危険性があること、をよく知っていた(今も知っている)。
だから、それだけは絶対に避ける、ということだけを掲げて過ごしてきたのです。

それは間違いじゃなかったと思う。

でも、辛い。
ただそれだけのことなのです。以上です。