願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

そもそもの「家族トラウマ」のせいで未だに家族団らんも家族間の挨拶も嫌いで苦しい…という話

※愚痴というか吐き出しというか、です(´ー`)

気まぐれで偏屈な父に支配的に育てられたせいで
(しかも親の問題行動の影響を一番受けやすい長子として。)、家族というものに対してものすごく歪んだ認知があります。

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↑前にも使った記憶のある画像、いや画"象"(不要な言い換え)(´∀`)…動物に生まれたかったなぁ…


まず、家族が集まっていわゆる「団らん」みたいな雰囲気がすごく苦手で。
だんだん居心地が悪くなってくるというか、逃げ出したくなるというか、何とも言えない不快な気分になってくるのです。直接イライラすることもあります。
多分、いつも父が怒りだして嫌な空気になっていたからなんじゃないかと思っています。
楽しい雰囲気をぶち壊すのが平気な人でした。

残念ながら私にもこういうところがあるんですが、間違いなく父譲りです( ´_ゝ`)

また、家族間で挨拶をするのがものすごく嫌いです。自分でもなぜこんなにも嫌なのか分からないんですが、惨めで悲しくて泣きたくなるくらい嫌なんです。
「おはよう」は一番嫌で、生理的嫌悪感がすごい。なんで?って思うんですよね。起きてるの見ればわかるじゃん、て。なんでわざわざ言う必要ある?って。「おやすみ」はまだ「私はこれから寝ますよ」っていう意思表示として理解できるけど、「おはよう」って何?家族で、一緒に住んでいるのに、何、それ?って。言う必要ある?起きたんでしょ、今こうやって会ってるんだから。分かってるし。
「明けましておめでとう」も長らく嫌だった。
普段支配的なくせに、そういう時だけきちんとした挨拶をしてこようとする父が嫌だったんだと思う*1


「家族」は、子供が一番最初に出会う人間関係。対人関係の基礎の基礎になるものです。

そこで安心感を与えられず、温かい繋がりを感じられないで育つとこういうことになるんだろうなぁと。

一生対人関係に苦しみ、自分というものを愛せず他人を尊重できず、自他の境界も引けず…

私も何十年も自覚しつつ何とか改善しようともがき続けて、でもやっぱりこのまま「壊れた」人間として生涯を終えるのだろうと思います。
それほど「人生最初の人間関係・家族」での失敗は残酷で罪が重いもの。

「嫌だ」と感じる気持ちは人間本当にどうしようもないんですね。

私は自分の子供が大事だし、できることはしてやりたいと思うし、ある程度自分を犠牲にしてもいいと思えるくらいには愛しているけれど、それでも息子は「自分以外の人間」であり、自分以外の他人が近くにいると苦痛で、その状態が嫌いなのはどうしようもない。
私は一人がどうしようもなく好きで、一人じゃないと、それがたとえ自分の一番大切な息子であっても、辛くなるのです…

正直、現実的な生活というのを考えずに本当に精神的な話だけで言うなら、私は一生誰とも会わないで一人きりでも問題なく生きていけると思うのです…(´д`;)
一人でいること、一人でいられると思うこと、が何より幸せなのです。

でも、私がそんな人間として「壊れた」状態の人間になったのは、やはり一番最初に出会った人間関係「家族」のトラウマなんだろうと思うのです。
生まれながらにそんな人間じゃなかったと思うのです。

ほんと、両親のことは正直訴えたいレベル(o^-')b☆

というどうにもならない愚痴でした(o^-')b☆








*1:ちなみに他人に対しては全く何にも感じません。誰に対してもきちんと普通に挨拶できますし、気軽にでも丁寧にでも、相手や状況に応じて普通に自然に出てきます。他人に対しての挨拶はむしろするのもされるのもとても気持ちが良いです(´∀`∗)イイ!