願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

世界の美しさを知るよりも、まず生きていて欲しい。

親が子供に望むことは日常生活レベルだと数えられないくらいありますが()、見る位置を後ろにずらしていくにつれて本質的なところに変わっていきますよね。

「夢を見つけてそれに向かって進んで欲しい」
「自分に合う人に出会って幸せな家庭を築いて欲しい」
「思いやりと勇気を忘れないでいて欲しい」


などなど。
でも、更に後ろに下がってマクロの視点で見ると、「ただ生きていて欲しい、できれば健康で」になると思うんですよ。

ただ生きていて欲しい。
親の自分よりも先に死なないでいて欲しい。
というより、

自分で死を選ばないで欲しい(´д`)

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今年も満開に出会えた桜。「世界の美しいものの一つ」ですな…(´ー`)(知ったような顔で)

 
ネットで最近出会ったとても好きなWeb漫画があるのですが、それは子育ての日々を時にほのぼのと、時に軽妙に、時に切なく、時にずしんと重く綴った作品。
楽しく読ませてもらっていて、ある日の記事に目を留めました。
それは、小学生の息子さんのゲームカードにどうやって名前を書けばいいのか…という内容。
カード自体に記名してしまうと交換や譲渡の際に困る、目立たないように何か目印をつけようと思ってもなかなかうまくいかない…などで、とりあえずカードを薄いビニールに入れて、それに名前を書いておこう、という解決策になり、作者さんがそこで何気なく「ビニールから出されちゃったらどうしようもないけどね~」というようなことを口にした。
そうしたら息子さんが「ビニールから出しちゃうような人いるの?友達のカードを盗もうとするような人いるの?」って言ったんですね。
作者さんはハッとして、何も言えなかったと。

世界は美しいものだと子供に思っていて欲しい気持ち、悪意に傷つけられる危険性を教えておく方がいいのかという葛藤…
息子さんの素直な問いに対してどう答えるのが正解なのか分からず何も言えなくなってしまった、というようなお話でした。

親であれば誰でも考えさせられる内容だなーと。

私がもし同じようなシーンになったら、「いるのか」と聞かれたら「いる」と答えると思いました。
多分、「今遊んでるお友達にはいないと思うよ。でも、もしかしたらいつか、友達のふりをして知らない人がこっそり取っていってしまうこともあるかもしれないしね」などと多少柔らかくして説明すると思う。

「この世界は美しいか」。

うまく言えないんですが、子供が世界が美しいと感じるなら、それは別に親の力じゃないような気がして。
これは個人的な考え方ですが、私が親として息子にできることは、世界の美しさじゃなく逆に世界の汚いものとそれへの対処法を教えることだと思っている。
それは、世界の汚さで私が多少苦労をしたから。
世界は味方じゃない、だから、理不尽に辛い目に遭うこともあるよと。だけど、それはあなたのせいではないよと。だから、恥ずかしいと思わなくていい、逃げていいし、声を上げていい。
だから、どうかどうか死なないで。

やっぱりね、どうしてもまず「死なないでくれ」と思ってしまうんですよ(´・ω・`)

例えばね、女の私ですらあの義務教育時代の "志向も頭のレベルもまちまちなのが一つの檻に閉じ込められている" 状況は結構な地獄だったんだから、男子なんて(あくまで合わなかった場合ですが)相当だと思うんですよね。
イジメで自殺する中学生って男子が圧倒的じゃないですか。女子のイジメは陰湿だ、えげつないとか言うけれど(全く否定はしないけれどw)、衆人の中で晒し者にされる確率って男子の方が圧倒的ですからね。まぁもちろん男子女子どっちがどうとかじゃないです。イジメは悪ですよ。イジメをした人間は一族郎党皆殺しでいいと思う(゚д゚)ミナゴロセ!(大人げの一切ない文章)

私は多少頭がおかしい方の人間ということもあるんでしょうが(悲しい告白)、幼稚園児の息子にも辛いことを言ってしまう方で(´・ω・`)
決してそれが良いと思っているわけではなくて、いつも一応悩みはするんですが、でもどうしても問答無用で生存確率が上がる方の選択肢を選んでしまう。
どういうことかというと、「悪い人はたくさんいる(いい人もたくさんいるけどね!)」こと、「優しいお顔で本当はこわい人がいる」こと、何か子供が被害に遭う事件があれば、こういうことがあったよ、かわいそうだね、ということ(もちろん殺害された場合は「ころされた」「しんでしまった」ときちんと言う)、を話すのです。

世界は明るく美しいものだと、私も息子に思っていて欲しかったですよ。

でも残念ながらそんな悠長なことは言ってられなくなっているわけで。この世界は。

つくしを見つけた息子に、「本当は食べられるんだけど、もう食べられなくなったからね」と説明をする悲しさ。
どうして?どくがふったから?と、これまで私が折に触れて話しているため息子はもう分かっていてそう聞いてくるのに対して「そうだよ。悲しいね。いつか綺麗になってまた食べられるようになるといいね」と答える悲しさ。
(ボランティアで測定を続けている方のブログによると、東日本の農・海産物はおろか市販の食品にも未だに福島原発事故由来と思われる放射性セシウムは検出され続けているわけで……orz←しばらく見ない・考えないようにしていたけれどまた頑張ろう…息子の分だけは…と思った図)

小学生の女の子を連れ去り殺害した(とされている)のが、その子の見守りもしていた保護者会の会長だったりしたら、誰も信じるなと言いたくなる悲しさ。(そろそろ本当に近くにいるロリコンを匿名で通報できるきちんとした国の機関が必要だと思うんですよ…)*1

特に「子供さえ本気で守る気もないこの国」で、美しいものばかりだと信じて騙されて殺される可能性があるのなら、世界は美しくなんてないよ、と教えておきたい。
ただ生きていて欲しいから。

世界は味方じゃないことを知ってから、でも敵でもない、ということを知った方が少し得をしたような気分にならないかなー。ならないか?私はなる方の側の人間なんですけどねw(´∀`)




 

とにかくさけんでにげるんだ わるい人から身をまもる本 (いのちのえほん)

とにかくさけんでにげるんだ わるい人から身をまもる本 (いのちのえほん)

 

 これはだいぶ前に購入してだいぶ小さい頃から読ませています。





*1:元同僚や元上司なんかから異常性癖エピソードが出てきてましたよね。

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