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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

東北に戻って感じること。

日々徒然 東日本大震災

3.11当日に震災関連の記事を書くことを避けてしまうのはなぜなのか。
「震災を忘れていませんよアピール」をしているようでいやだ、というのが大きいです。(※これはあくまで私自身についてだけの感情であって、他の人にはそんなことは一切思わないどころか地元民としてとても有難い気持ちしかなく、地元民の気持ちを横に置いてもとても良いことだとしか思いません)

それは多分、自分にとってまだあまりにも大きな出来事であるから。
あと何年か経てばそんな中途半端なわだかまりも薄れて、3.11当日にその時自分が思っていることを素直に更新できるようになるだろうと思う。

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中途半端な被災者。

私は自分をそう思っていて、当時を経験した地元民として大きな顔で震災について語るのをどうだろうと思ってしまう。
自分が津波に流されたわけじゃない。家族にも何もなかった。家は多少壊れたけど賃貸だから自分たちは何もしないで良かったし、実家に避難できたから自分の家に住めない間に避難所で苦労することもなかった。

それでも、津波の映像を見ると未だに反射的に涙が出る。声を出して泣いてしまう。

実際には自分の目で見たことはない光景。私は海からは離れた場所にいたし、テレビもしばらく映らなかったから衝撃は新聞の写真が大きかった。

…まぁそこらへんは過去記事を読んで頂くとしてですね。→東日本大震災カテゴリ

東京から宮城へ三年振りに戻ってまず自分が感じたことは、「地元の話題に日常的に触れられることへの安堵と嬉しさ」でした。
当たり前だけれど東京では宮城の話題なんてほとんどやらないわけで。震災の時期に集中してちょこっと全国放送でやるだけで、東京じゃ日本の中心地・東京の話しかしませんからね…。
「ローカルニュースに切り替わったのに東京の話をしている…(゚д゚;)ナンデ?ソレゼンコクニュースデショ…」という地方出身者にあるあるの違和感はついぞ抜けませんでしたw

本音を言えば、放射能の影響を受けていないと言い切れない土地でまた息子を暮らさせなけばいけない点だけは心にかかったぼんやりとした雲であって、そこだけはきっとずっと晴れないと思います。
転職して一からやり直すなら北海道とか九州とか四国とか、夫の実家も近い西日本の日本海側とか、放射能汚染の心配がとりあえずほぼない土地に移り住みたかった…というのが本音なわけで。
ただ、どこに住んでもその土地土地での不安や懸念事というのは存在し、親という生き物である以上いつになっても子供への心配は尽きないというのもあるわけで、そういうものの一種だと割り切って諦めて受け入れる&現実的な対応をしていく、しかないのだろうと思っています。





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