願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

下流界で暮らしたい…という話

下流界」というのは言葉ヅラだけ花柳界とかけているんですよ…なんてことはもちろんどうでもよくってw(´∀`)

もともと下の上…くらいでしたが、夫の転職と引っ越しによってきっちりと下流へ落ちた現在、見るもの聞くもの接するもの、すべてが私の手の届かない世界の出来事になってしまいました。
例えば「今日はデニーズで子供はお子様ランチを食べた(´∀`)」なんていう文章一つ読んではファミレス(で家族で)外食なんてできない我が家の家計に、子供の習い事の話題を耳にすれば、習い事なんてとてもさせてやれない貧乏に
持ち家に車の買い替え、中学受験、帰省に旅行、ディズニーランド……慎ましい年収帯だった我が家にとって「聞くに堪えない」話題はもともと多かったわけですが、年々転落し続けた結果、その下限が更に下がりまくり…ここ地下何階?大江戸線?(゚д゚;≡;゚д゚)という状態に。(せっかく東京に住んでいたので東京ローカルネタを入れてみましたよ…)

早い話、世の中の「普通」の話がとても辛いのです…(´д`)

世の中の家庭が「普通」にしていることが、我が家にはできないから。
我が家はもう「普通」ではなくなってしまったから。

でも、私にとって貧乏が辛いのは「貧乏それ自体が辛い」わけではないんですよね。
あくまで「周囲」と比べて貧乏なのが辛い、ということ。「周囲」が「普通」に出来ていることができない、買えない、というのが辛いわけです。
だから例えば戦後のように、みんななくなって焼野原、周りもみんな貧乏で物もなくて、でも命だけはあって…みたいな状況なら全然辛くないわけですよ(貧乏という点においては)。
みんなないならそれでいい。というね。金子みすずさんには申し訳ないパクリですが(´∀`;)スミマセン…
みんなあるのに自分だけがない、というのが辛いのです。

だから、ふと思ったんですよね。
自分たちと同じレベルの、つまり下流の世界で暮らせたらなー、て。
外界とは完全に隔てられてて、景色は昭和の暮らしみたいなの。みんな年収300万とか400万とかで、色んな人や家庭があって、小さな国みたいな。街並みは昭和の下町とか団地みたいなの。
慎ましくて贅沢はないけど、苦労もみんな同じだから、上を見て苦しむことはない。
テレビも外界のCMとか流さない。高級車とか知らない。ネットも外界には繋がらない「冬場はお風呂は二日に一回」とか書いても「汚ねー!」とか言われないwww*1



…ここまで読んで何となくお分かりのように、結局私にとって貧乏が辛いのは一番は自分の心が弱いことというか、ぶっちゃけ心が貧しいからだと思うんですよねーw/(^o^)\

人は人、我は我、されど仲良し


なんて精神には簡単にはなれないのYO!にんげんだもの\(^o^)/聖人じゃない。
俗世にまみれた人間だもの!清貧なんて机上の憧れッッ!ヽ(`Д´)ノ




 

 

*1:私の北海道での子供時代は周囲の家庭ほとんどそうでした。実家は普通に中流でしたよ…(o^-')b☆

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