願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

mixiが衰退した理由

突然ですが、今回はmixiの話を(´ω`)
今ではすっかり衰退したSNSだけれど、私も本来の用途ではほぼ全く使っていません。


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mixi オワコン」で検索すると色々出てきて、その理由として挙げられているものの全てが間違っていないと感じる。(多分誰が見ても)
ただ、そのどの意見にも、それを挙げている本人がmixiで「ここが一番良い」と感じていたことがなくなった、という一番強い主観部分が出ているので、私が考える「理由」とはまた違っているのが面白い。

私にとってmixiが「使えなくなった」一番大きな分岐点は「足跡機能の廃止」でした。

逆にmixiが衰退した(=「自分にとってここがダメだった」)理由として「足跡機能」を挙げている人もいたから、ホント人の価値観は様々だと思う半面、一旦廃止されたもののユーザーの激しい反発にあってまた復活した経緯を知らないのかなーとも思ったり。

ただ、「もともと足跡機能が嫌だった」人はそもそもmixiに向いていないという気はする。
なぜなら、mixiは足跡機能がキモだったと私は思うから(´ω`)

mixiの使い方は

まず日記を書く

前後して自分の趣味嗜好に合ったコミュニティに入る

それらのコミュニティや自分を招待した人の繋がりを辿って自分に興味を持った人が自分のページに来訪、日記などを読んでいく(※この時点でコメントなどアクションがある場合も)

足跡を見て来てくれた人を確認し、相手のページを訪問する

相手にも訪問が分かり、それを繰り返すことでやりとりをするきっかけが生まれる

マイミク申請

友達増えたウマー(゚д゚∗)

という流れでした。

最初に訪問した時点で「足跡帳」(特定の日付の日記のタイトルを「足跡帳」とし全体公開&訪問者の一言をコメント欄に残してもらう、という方法で作る。プロフィールにリンクが貼られていることが多い)があれば話はもっと早くて(´∀`)

要するにmixi「匿名で同好の士と繋がるツール」であり、今その役割を担っているTwitterよりも「時間をかけて繋がる」「より深くやりとりできる」という特徴があった(´ω`)

昔はインターネットでの発信といえば「日記」がメイン。140文字で収めるなんて感覚はTwitterが出るまでそもそもなかったと思うんですね。
自分の思ったことや出来事を文章で綴り、それを読んでもらう。つまり今のブログなんだけれども。
LINEのようにリアルタイムで直接やり取りする感覚もなかった。
チャットはあったけれど、ソフトハード両面で持ち歩きに対応していなかったからPCの前にいなくなてはならず、自由度は低かった(逆にその分リアルで話しているという感覚のメリットもあったはず)。
他人の「日記」を読み、自分の考えを反芻し、それを相手に伝えるか伝えないかは自由。ただ訪問した記録は残る。
漠然とした言い方だけれど、「深い」ツールだったと言える。

ところが、携帯からスマホへと大きく時代が変わり、大勢がSNSに求めるものもガラッと転換。
mixi時代は「匿名で」「同好の士と」「深く、あるいはまったりと繋がる」ことが重宝されたのに対して、新しく訪れた時代では「即時性」「リアルタイムでの反応」「気軽さ」が求められた。

ここの転換は、大きな時代の流れとして個人同士のプライベートな連絡が「固定電話(※家族や他の人に取り次いでもらう)」から「個人の携帯電話(※直接本人とやりとりできる)」に変わったのと連動しているように思う。
技術がまだなかった時代、今感じる「面倒くささ」は当然すぎるものとして空気のように生活に浸透していたわけです。
一家に一台固定電話しかないのが当たり前だった時代は「夜8時以降の電話はNG」「『夜分申し訳ありませんが』をつける」「食事時は訪問はNGだけど電話はむしろOK」、また「好きな相手の親が出た時に好印象を持ってもらうための話し方」等々…の「電話マナー」なるものがあった時代。
裏返せば、その更に前の時代(電話がなかった時代)の当然のマナーは「手紙のマナー」になるわけですね(´ー`)
今では、例えば実家暮らしの相手に夜連絡をするのに「まずそのお母さんと話をして夜分の非礼を詫びなきゃいけない」とか有り得ない感覚なわけでw

その「今じゃ有り得ない面倒くささ」が、つまり今の「気軽で簡単な」TwitterやLINEやFacebook(※これは実名でそもそもmixiと目的や分野が違う気がする)に対するmixiの面倒くささに近いと感じるのです(´ω`)

つまり「mixiが衰退した理由」は、色んな人が感じる全てが正解なのだけれども、多分大きな理由としては身も蓋もないのだけれど時代感覚と合わなくなった」というのがしっくりくるんだろうと思うのです。
mixi運営側も当然それは感じていて、Twitterもどきのつぶやき機能をつけたり(しかも本家と連動できるというオマケ付)、ゲームを導入したり、更には招待制を廃止して足跡も廃止したり(後に復活)、といった大きな改革を右往左往して試みてみたものの、そもそも「もともとの仕組み」が時代と合わなくなっているというのが根本的な理由なので利用状況が大きく改善されることはなく、今に到っている…というのが私の考えです。

ただですね、「時代と合わない=大勢が求めるものと違う」は決して「需要が全くなくなった」ということじゃないわけで。いつの時代でも、どんなものでも、「それこそ」を求めるニッチのユーザーというものがいるもの。
現に、本来の用途では使っていないものの私が未だにmixiに頻繁にログインしている現役ユーザーなのもそれ。

私はmixiの日記のコメント欄を「遠方に住んでいるリアル友人との気楽なやりとり」に利用しているのです(´∀`)*1

その友人とは電話もできるしメールもできるしLINEでも繋がっている。なのにどうしてmixiなのか?というと、その「気楽さ」が重要。
お互い遠方なので電話をするような急用はない。LINEですぐ読んで欲しい&返事が欲しいほどの熱がある連絡でもない。ただ聞いて欲しいこと、愚痴りたいこと、ちょっと報告や時間があったら聞きたいこと、なんかをつらつらと書く。
メールに近いのだけれど、メールはリアルタイムで届いてしまうから厄介。夜中には送れないし、大した内容じゃないのにわざわざ相手のアクションを取らせるのも悪い。
お互い家庭持ちの主婦。環境は似ているけど細かい生活は違う。
でも、ログインしてその日記にアクセスすれば、やりとりできる。
だから「交換日記」なのです(´∀`)つまり。
お互い自分の都合のよい時間に開いて、確認して、書き込める。まったりしたやりとり。
また、短文での感情表現に慣れた今の世代と違って私たちアラフォー世代は長文メール世代。メールで大したことのない内容の長文を送るのはさすがに気が引けるけど、何となく聞いて欲しい気持ちが長文になっても交換日記だから気楽につらつら書ける。
お互い返事は気にしない。

もちろん、気の置けない長年の親友だからできることですが。

とにかく、私にとってはまだ十分mixiは利用価値がある。(本来のユーザーとは違うのですがー)
また、デジタルに対するアナログの良さがあるように、対人コミュニケーションツールとして「反応が早い・繋がるのが楽・リアルタイム・広く浅く」に対して「反応が遅い・繋がるのが面倒・リアルタイム性がない・狭く深く」を好む層はいると思うのです。
Twitter疲れ」なんて言いますよね。
「LINEの既読スルー問題」なんかも恐らくその類で。

mixi回帰」なんて言葉も聞こえてこないかなーなんて思ったり思わなかったりラジバンダリ(古)…するのでした(´ω`)
以上です。




*1:公開範囲を相手だけに設定した日記を用意し、コメント欄に書き込む。コメントは200が上限なので全部埋まったらどちらかがまた新たに同じように日記を作る。