願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

片付けられない人間は狭い部屋に住むべき、は真理。

そもそも以前の家は大変住みにくい厄介な家でしたが、広さだけは無駄にあったわけでして…(´ω`)
収納スペースも無駄に広く、天袋まで使える押し入れが合計三畳弱、ハンガークローゼットが一つ、更に天袋が一つ。
我が家は布団なので布団をしまうスペースは必ず必要なのですが、それをしても十分なスペース。余ったスペースには迷って捨てられない物はもちろん、普段の棚代わりとして本やCDなどを収納していたのです。

ところが、引越し先の新居は収納が少なく一畳の押し入れと半畳のクローゼットのみ。半分どころか三分の一に激減。
狭くなったのは収納だけじゃなく部屋自体もそうで、大体20平米くらい少なくなったのです。
数字だけでどれほど違うか分かると思うんですが、想像した以上でしたよ…(´ー`)

以前の家にいる時に断捨離を知って目覚め、物をだいぶ処分したつもりでした。いや、実際かなり捨てたんだよ!
それなのに、まだこんなに物がある…ということに呆然としました。

 
いや実は「まだまだ余計な物がたくさんある」ことは実はずーーーっと分かっていたことで。
でも、なかなか「捨てる」「手放す」という決断ができない物がものすごく多かったのです。
広い収納スペースがあって「何でもしまえてしまう」からこそそうだったわけですよね。気軽に処分保留ができた。

しかし、新居はもうまったなしの狭さ!

迷っていた物を捨てるしか普通に暮らす道はないようなんですよねー。
逆に良かったと捉えるべきか(ポジティブ思考ならこっちなんだろうけど(´∀`))、もしいつかまた多少余裕のある広さの家に住むことになった時に「あの時に捨ててなければ…(´・ω・`)」と悔やむことになると心配すべきなのか…いやどう考えても前者にしときなさいよ、ってとこなんですが、私に限っては断捨離メソッドでよく語られる「捨てなきゃ良かったと後悔する物は意外とない」が通用しないタチなので、不安神経症でもある自分としては考え込んでしまうところなのです。

ええ、あああれ捨てなきゃ良かったかな…といつまでも思い出したりするのですよ。

ここは個人の性格なので致し方ないんですが、とは言うものの、捨てて思い出さない物の方が圧倒的に多いのは確かに事実で。
私としては「捨てなきゃ良かったと後悔する物もたまにあるけど、それでも『物を捨てる・断捨離』は総合的にメリットが大きい」という考え方で捉える方向にシフトしているところです。失敗も犠牲もあるがメリットの方を取る、ということですね。

ところで、今までそうやって悩んだ末に手放す決断ができなかった物、つまり「本当は要らないんだよな…」と思いながらも捨てられなかった物は何かと言うと、ほぼ全て「替えが効かない物」です。
例えばもう絶版になった本、息子の赤ちゃんの時の服、思い出…、こういった類のもの。
特に本は自分でもここまでと思うほどギリギリ悩んで捨てられないものが多くて困っています…(本持ちの転勤族の人は分かるでしょうが本は本当に引越し時に苦労するorz)
大好きな作品であるはずの「落第忍者乱太郎」(アニメ「忍たま」の原作漫画です(o^-')b☆)のコミックス40巻分は「欲しくなったらまた買える!」と断腸の思いで処分できたのに、正直そこまでの愛着はない江川達也の「源氏物語なんかはここで捨てたら二度と見ることはできないかもしれないと思うが故に捨てられないわけでね…(´д`;)(同じ理由で奥浩哉「変」や米倉けんご「イエローハーツ」なんかもそう)
紙媒体の価値は実はプライスレスだったりする。特に私のような、保存という意味ではデジタルを一切信用していない人間にとって。

横道にそれますが、私がアナログ第一なのは連絡先・アドレス帳なんかもそうで。
重要な情報ほど紙媒体にしておかないと駄目なのです。私の場合。
もちろんできれば全部デジタル保存できればいいだろうなーと心から願ってはいるんですが、いかんせん現状、私にとって残念ながらデジタルはそこまで信用がおけるシステム・ツールではない。まるで電子のその「確率的」という存在のように。
スマホとか特にそうで、アドレスやデータが気付いたら理由も分からず突然勝手にいくつか消えていたりするわけで。全部消えるわけじゃないからこそ発覚が遅くなってすごくタチが悪いと思う!ヽ(`Д´)ノナンナノアノゲンショウ!

逆に言うと、「替えが効く物」は簡単に手放せる勇気はついた。そのおかげで今までかなりの量を占めていた服はだいぶ少なくなったわけで(´∀`)

突き詰めると、断捨離も結局経済的な心の余裕に左右されるんですよね。身も蓋もない言い方ですがー。

我が家はもともと「特に事情のない一般のアラフォー子育て家庭」としてはかなり下層階級にいたんですが、夫の転職・引越しにともなって更に下がり、恐らく最底辺になった(多分同じ家族構成世帯の半分以下の年収だと思う/(^o^)\)…という話は前回書きました( ´_ゝ`)
そうなると、これまでの「今必要じゃないのに物を買う」から「必要な時に必要な物を買う」にシフトしていたのが、「必要な時に必要な物も買えない」という状況になる可能性が出てくるんですよね。

だから、むやみに捨てられない。

食器も使わない、なくても困らないものがたくさんあるんですが、捨てたような食器がまた必要だと感じる生活になった時に、買うことはできないわけですよ。そうしたら「使える物は捨てることはできない」ってなるんですよね。
これ、よく高齢者が片付けられない理由で取り上げられる性質と同じような感じではあるんですけど、切迫感が違っていて。
高齢者の「もったいない」「使えるのに捨てられない」は、もともとそこが人生のスタートだから。物心ついたのが物のない時代で、物がなくて苦労したという記憶があるから捨てられない。長年身に着いた癖のようなものなので、本人はどう思うか別ですが客観的に見て実際の危険はそうないわけです。
反面、こちらの「もったいない」「捨てられない」の感覚は、もともとは普通の暮らしをしていた人間が貧困に堕ちて行っている中での感覚なわけですよ。転落している、いや、我が家の場合はし続けている。というかぶっちゃけ浮上したことなんか一度もないwwwww\(^o^)/
落ちる一方なわけで、ここからの流れで生活レベルが一般レベル(つまり現在の二倍の年収ということ)まで回復する可能性はほぼゼロなんですよね。うまく行ってこのままじゃないですか。

そうするとねアナタ…捨てられないですよ、ほんと( ´_ゝ`)

前の家より窓が減って余ったカーテンがどっさりあってものすごく邪魔なんですが、捨てられないよネ!(o^-')b☆(窓が減ったというより前の家が無駄に窓があったと言うべき)




なーんて書きましたが、やっぱりどうにもならない、実際物理的にスペースが全くないのでバッシバッシ捨て始めている最中です(o^-')b☆
名作「変」も捨てましたよ…悲しい話(←話中話ですがー)は見返さないしね…

実家は重篤な物を捨てられない患者両親なんですが、一戸建ての各部屋に壁一面天井まである作り付けの大容量クローゼットがあるのが大きな原因になっていると思います…
収納が少なければそこに入らない、そして部屋に出しておけない荷物は手放すしかないですからね…ということを身に染みて理解した、という話でした。ではまた!(o^-')b☆

 

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夫の知人が転職&引っ越し祝いに贈ってくれた綺麗なお花もちゃんと飾ってあげられるところがなく、こんなぞんざいな棚の上に時計と一緒に置かれている現状です…(´д`;)