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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「日本死ね」の何が悪いのか分からない…という話。

もうこの話題も落ち着いた頃なのでひっそり書き散らかしておこうと思います(´ー`)

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これは「あんたバカァ?」って感じの女の子ですな…(´∀`)(記事後半参照)

 

自分がまさかやくみつる鳥越俊太郎と意見を一つにする日が来るとは思わなかったですw*1(いや別にそのお二人の全てが嫌いなわけではないのですが…)

(※ユーキャンの流行語大賞を受賞した)日本死ね」を批判している人たちは何様なんだろう(゚д゚)ポカーン

…というのが私の率直な感情。

ここで以前から主張しているように、綺麗な言葉面や薄っぺらい信仰が私は大っ嫌いでヽ(`Д´)ノ
大体ね、「生まれてこのかた大した苦労をしたことのない人間」に限って愚痴を嫌う、負の感情を否定する、激しい感情の発露や醜い言葉を毛嫌いする、なんてのはこの世の節理だと思っていて。「人間の淵」に立ったこともそこまで追い詰められたこともないくせに御託だけは高尚で、ナチュラルに吐き気がします(´∀`)

私は、批判している人はこの「保育園落ちた、日本死ね」という言葉が思わず出てくるしかなかった切羽詰まった状況と心情を1ミリも想像することができないんだろうと思うんですよ。要は、ご自身はそれだけ恵まれた環境にいるってことなんですよね(´ー`)そこがヽ(`Д´)ノアバダケダブラ!*2です。

私が常々不思議に思っているのは、多くの人は汚い言葉使いを嫌がるけれど、そんなものを吐くだけで収まっていることに感謝する状況になったことがないのだろうか…ということ。
まぁ多分、ないんでしょうな…(´д`;)

私自身はこの種の「汚い言葉(を発すること)」に何度助けられたか分からなくて。
それは「言葉は物理的に人を傷つけない」から。
人に向けたらもちろん心を傷つけることはあるけれど、それ以上に命と肉体の安全が優先される限界の状況があった…という、もちろん言い訳なんですが(´д`;)、でも事実としてそういう状況があった、ということがあって。

汚い言葉・暴力的な言葉にして自分の外に吐き出すことで「実際に非人道的・インモラル的な行動をとること」をギリギリ抑える役割がある、ということを経験として知ったことがあって、これが分からない人たち(=「恵まれた人たち」)は、まだ人間の心を知らない「エセ人間」だとすら思っていて(偏見と高慢)。

だからですね、例えば「苦労は買ってでもしろ」という言葉、あれは、その買ってまで経験した苦労がそのまま自分自身の糧になるというよりは、人として人の心を知るために必要な過程、という感覚で私は捉えていて。
人は自分が苦労して初めて他人の苦労を想像することができるようになるのだ、と思うんですよ。そしてそれが「人になる」ということだと思っていて。
私にとって、他人の苦労が分からない・分かろうとしない人間なんて人じゃないんですよね。人未満の何か未熟で気持ち悪い生物じゃないですか?それ。あなたの周りにもいませんか…?( ´_ゝ`)(となぜかミステリー系のレポーターっぽく)

サイレントマジョリティーを見誤っているのは誰なのか、と思います。

ちょっと話は逸れますが、次期米大統領であるトランプ氏は選挙戦では常に優勢だったと思っていたので、彼が勝利した時になぜあんなにも「意外!」という報が流れたのか謎でした。
サイレントマジョリティーは沈黙していたから見誤った、らしいですが、じゃあなぜ無能無才な私が優勢のイメージを持っていたのか。
それは報道されていたから
トランプ氏が優勢であることを示す要素はきちんと報道されていたと思うんですよ。じゃなければアメリカの政治なんてほとんど知らない私がそんなこと思えるわけがない。
私が見えていたんだから、誰の目にも見えていたはず。見誤った人たちは「見えていたけど見なかった(※見たくない事実だったから?)」だけなわけです。

ある聡明なブログで「雄弁な悪に対抗する手段はもう完全な沈黙しかない」というような文章を読んだんですが、つくづくその通りだと思う。

でも、今の社会では完全にプライベートな事柄以外は完全な沈黙を貫くのは難しいわけで。
そして、体制側・マジョリティー側はそこから漏れ出てくるものを「見ない」と、大きな過ちを起こすことになると思うんですよ。
私が常々思っている「乖離」というもの。

日本ではもう何年も十年以上も激しい乖離が続いていて、めちゃくちゃになりかけていますよね。もちろんこれからもっとめちゃくちゃになっていくと思うので今はその途中なんですが、「想像力」に欠けた政策や法律、「共感と思いやり」が欠けたことによる事件や酷い話がどんどん出てきていると感じるわけで。
私たち世代は70代80代(まで生きられれば、の話ですがー( ´_ゝ`))で恐らく餓死でしょうし、日本の技術や学問も他国に抜かされて超々少子高齢社会もあって国力は地に落ちていくはずだし、外国人におもねってグローバルスタンダードに変えまくったせいで日本独自のプライスレスなブランド力も消えてなくなっていくことでしょう。
その結果、遠くない将来「日本という国家」は消えるかもしれませんよね…(´д`;)

と言って「死ね」は良くない言葉ですよ。個々の命に向けては言ってはいけない言葉なのは確かなんですが。
でもそれは往々にして(特に個々の命な対してじゃない場合)それは激しすぎる叱咤の言葉である場合もあるよね?と。
日本語ネイティブならそのニュアンスは本当は分かるんじゃないのかと。

本当に日本に絶望して失望して見限って諦めているのなら、怒りや罵倒なんてわいてきませんよ。諦念と無関心あるのみです。

この「日本死ね」に込められた本当の思いは、

「何やってんだよ日本!もう死ねよ、バカ、何とかしてくれよ、日本!頑張ってくれよ、頼むから!。・゚・(ノД`)・゚・。 」

じゃないのかなと。

例えば「離れられない幼馴染の二人」という設定に置き換えてみてください。
幼馴染の強気な女の子が怒って罵倒して、相手のちょっと気弱な男の子が「そっか…そんなに俺のこと嫌いだったんだね(´・ω・`)わかったよ消えるよ…!」って立ち去ろうとした時に怒って「もうっ…なんでわかんないのよっ!バカぁっ…!!」って、キスするような感じというか…(´ー`)(いわゆるツンデレ萌えオタ以外には大変分かりにくい表現)。


国を支えていく柱になる人間を育て支援することが全ての基盤になるのに、そんなことも分からない「声デカき人々」の無知と無能…叫ぶ能力だけは無駄にあるから愚能は罪だよねー、と知ったような顔で書いて終わります。
愚能の民、国を滅ぼすですな…(´ー`)(とこれまた知ったような顔で!)


 

 

*1:それぞれ視点と論点が違うけど、そもそも「流行語」にモラル・インモラルは関係ない、という意見にも同意ですわ。

*2:ハリー・ポッターに出てくる禁忌の死の呪文。このブログではお馴染みなので覚えておくと便利かも!(o^-')b☆

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