願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「ヘイト(主に嫌韓・反中)批判」と「原発風評被害」は少しだけ似ていると思う。

私は非差別主義者でありたいと思い、普段はそう名乗っているけれど、時々ある話題に関して一部モヤッとすることがあり、そういう時は少し考える。
念の為に、私は対象を一括りに差別・攻撃するヘイトスピーチヘイトクライム・差別思想には絶対反対派だ。
例外である快楽殺人鬼・幼児性愛犯罪者を除いていかなる場合でも、どんな対象でも絶対に許されない、許されるべきじゃないと思っている。

で、ざっくりとした言い方になりますが、私は今、中国と韓国が好きじゃない。ぶっちゃけパッと浮かぶ感情は「嫌い」です。

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中国は何かと言うと時代を間違えた領土拡大を仕掛けてくる軍国国家。官民問わずしょっちゅう他国の領海を荒らし、我が物顔で海産資源を奪おうとし、身勝手で不合理な論理で自国の利益だけを押し通そうとしてくる。
国内の民族差別や民主主義弾圧も凄まじく、しかもそれを隠蔽することに手段を厭わない。
体面やプライドを重視する体質らしいけどそれはあくまで自国の体面のみ。相手のことは考えない。相手は対等じゃない。いつも下w
公序良俗・マナーという意識がない。とにかく自分たちの利益が最優先で、その度合いが異常。分配される利益が減る他人は全て敵。

韓国は当たり屋。
全ての物事の起源が自国にあると思い込んでいてそう主張する。
日本が嫌いなら関わってこなくて結構なのに、ことあるごとに日本の名前を出してくるのは迷惑以外の何物でもない。
中国と同じく自国の利益優先だけど「敵は日本のみ」なのが違うところ。
中国と同じく国内政治の問題を反日感情だけで乗り切ろうとしてくるキチガイ政治。ぶっちゃけ当たり屋以外の何物でもない(繰り返し)。

また、日本国内での話題になるような大がかりな窃盗は捕まえてみれば中国人グループだった…ということが結構あって。
「持って行く側のマナーと良心を前提に好意で提供されている物」を根こそぎ取っていくのも大抵中国人だったり。
彼らには見知らぬ相手や大勢の人間への配慮や気遣いというものが一切ないように見える。

文化の違いはあるにせよ、「他人に迷惑を掛けるな」「郷に入っては郷に従え」の精神が根付いている日本人としては、彼らの傍若無人のふるまいには怒りで肩の辺りが熱くなってくるわけで。

と言っても、ざっくり言って私は北朝鮮も嫌いだしイスラム国家も嫌いだし、「好き」よりも「嫌い」を多く感じる国は他にもたくさんあるわけです。

そして、当たり前だけど全ての中国人の方や韓国人の方が嫌いなわけじゃないわけです(もちろん他の全ての国の国民に対してもそう)。
当たり前過ぎる話だけど、どの国にも良い人もいれば悪い人もいる。日本も中韓両国も全く同じ。
中国にも韓国にも、国を挙げての反日洗脳教育に逆らって自分の目と頭で日本に対して向き合ってくれている両国民はきっと少なくなくいる。
心の中に政府に植え付けられた反日感情はあったとしても、それを表に出すことなく最低限の礼節をもって日本人に接してくれている人もいるだろう。
その中には普通に日本国民として日本で暮らし、税金を納めて平和的に過ごしている人もたくさんいるわけで。
また、政治的な感情は特に抱いていない人だっているかもしれない。日本を愛してくれている人たちも確かにいる。

それぞれの個人を無視し民族で一括りにし、「中国人、韓国人は出て行け!」というヘイト思想は愚劣な汚物極まりない。
ヘイトスピーチ糞以外の何物でもない("゚д゚)ホロベ!

でも、冒頭に書いたように私も「中国人、韓国人は嫌いだ」と思うことがあるわけで。ざっくり中韓は嫌いだと思うわけでね…( ´_ゝ`)

ただそもそも「中韓が嫌い」というより「反日の国や国民が嫌い」なんですよね

ここがまず重要。
これはどの国の国民だって同じだと思うよ!

どの国だって、自分の国が嫌いでほぼこじつけの文句を言ってきて他国にも嘘をバラ撒いて、常に領土侵犯を繰り返して挑発してくるくせに援助や好意だけはごっそり奪い取ろうとするような国、嫌って当然だと思う。

でも、「嫌い」と思うことと「悪」・「間違っている」は違う。

自分の好き嫌いという「嗜好」の話と、それが良いか悪いかという「善悪」や「正誤」の話は全く違う。
最近は特にネットを見ているとこの違いを理解していない人間が多すぎて('A`)ウヘァとなります。

私には上記の理由があってその理由の関するところでは中国人や韓国人が嫌いだと思うことがあるし、中国韓国という国が嫌いだと感じる。
理由というのは、「日本のマナーを尊重しようという意思のない外国人には日本に来てほしくないし、出て行って欲しい」ということ。重要なのは上にも書いたけどこれはどの国に対しても思っているということ。
そう思う相手が今は中国と韓国の割合が高い、というだけのことなのだ。

そしてそれは中国・韓国への「ヘイト感情」とは違う。

こちらが礼節と誠意をもって向き合おうとしている時に最低限同じ態度で向き合おうとしてくれない相手とは接したくないし、そもそも自国民に対して問答無用で理不尽な反相手国感情を植え付けるような国家を不快に感じるのは当たり前だと思う。

しかし、上のような考えを「嫌韓だ!反中だ!ヘイトだ!」と、嫌韓反中ヘイトと一括りに勘違いして批判されているのではないかと感じることがあり、疑問に思う。

中国や韓国を、正当な理由があって嫌いだ、好きじゃない、一切改善する気がないのなら出て行って欲しい、と思う主張を「在日ヘイト!中韓差別!ヘイト感情!」と一括りにされるのは全く納得できない。
反中にも嫌韓にもそれぞれ理由がある。単なる「民族一括ヘイト」と、「ある理由に関してだけその国と国民に対して批判や不快を感じることがある・改善して欲しいと要求する」ということは全く違う。

これは明確に区別されなくてはいけないと思うよ。

じゃなければ「公正な批判」も「単なる嗜好的な感想」も「論理的な思考結果」も発言できなくなるわけで。

逆に言えば、ある発言や考え方が「ヘイト思想」なのか「公正な批判」なのか「単なる嗜好的な感想」なのか「論理的な思考結果」なのか、考えて判断する頭が我々にないといけないということだ。

例えば「イスラム教徒は危険なので入国禁止、国外排斥しろ!」という発言は差別的でありイスラムに対するヘイトに近いが、個人的にイスラム教の問題だと感じる点や不快な点を挙げて「だから自分の考えではイスラムには問題が存在する」「だから自分はイスラムは好きじゃない」「具体的に国内の危険なイスラム教徒に対する対策を考える必要がある」と主張することは差別やヘイトじゃない。
それは「公正な批判」や「単なる嗜好的な感想」や「論理的な思考結果」であるはず。

特に日本人は善か悪か、白か黒か、の二元論嗜好が強い国民性なので、世間の風潮もつねに極論化する。「ヘイト」という概念がそこそこ広まってきた最近は「特定の対象に対する批判」は全てすぐ「ヘイト」にされてしまう
…ほんと日本はこういうところが絶望的にダメだと思う(´д`;)

そしてそれは、放射能への不安と対策を全て「風評被害」とする構造と全く一緒だと私には思えたのです。
最近、飯館村に牛を戻した(今までは避難させていた)という話題を天下のNHKニュースで見たんですが、その戻された新しい牛舎には畜産家の方の努力によって徹底した放射能対策がなされていたのだけれど、それが「徹底した『風評被害対策』…」というナレーションになっていたという。
恐ろしいと思いました。

あのーそれは普通に放射能汚染対策」であって、「風評被害対策」ではないんですが…。

あの場所は「汚染されたかもしれない」のではなく「実際に汚染された」のですよ。
それを必死で除染し、人が住んで牛も暮らせるような状態にまで戻したのです。
自治体や畜産家の方達が必死で対策をされたわけです。

それは「風評被害対策」じゃない。立派な「放射能汚染対策」です。

飯館を始め福島の方々を心から応援するし、牛が戻れたニュースには本当に良かったと思うし、件の畜産家の方がどれだけ苦労されたのか想像もつかない。精神的な心痛は更に計り知れない。

でも、こうやって「間違った報道」がされる限り、この国の真の復興(現実から逃げずに真実に向き合って前進すること、だと思っています)は遠いのだという気がして暗い気持ちになります。
また、それが実質国家による強制徴収金で作られている公共放送で行われている、というところに、この日本という国の闇の深さと遠くなく訪れる暗い未来を暗示しているような気がして寒気がする…という話でした(´・ω・`)オワリマスヨ…





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