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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「私の消えた世界」には「私」はいない、という話。

皆さんは自分がいなくなった、つまり死んでしまった後の「世界」をどう考えているでしょうか?

私は意外にも「自分が死んだ後の世界は一切どうでもいい」派です。
これは投げやりな気持ちとかじゃなく、当然そうという感覚で。当たり前だと思っていたから、そうじゃない人がいて驚いたほどです(実妹とか…(´∀`))。

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私は霊魂や死後の世界には否定的で、死んだら意識もなくなり無になる、という前提があります。
なので、自分が死んだ後の今の世界というのは「感覚や思考を感知する主体としての自分の意識」は既に「ない」のだから、世界があってもなくても、自分が死んだ後にすぐ滅んだとしても、平和に続いていくとしても、(それを知覚する「自分」が存在しない以上)全く関係ないと考えているのです。
その思考には私個人のこの世への未練とか希望とか感情的なものは一切関係なくて、単なる現象というか、どうしようもない当然の事実というか、単なる当たり前の現象として捉えているもの。

希望と事実は別。

「自分」と「その『自分』がいなくなった後の世界」は全く切り離されている。断絶している。もう全く交わらない。関係しない。
「私」が消えたら「(私にとっての)世界」も一緒に消える。

なので、自分が死んだ後の世界について考えたり思ったりすることは無駄というか全く無意味なことだから、私は個人的な感覚では一切思考しません。
個人的じゃない部分では思考することもありますが(「100年後の地球の気象や平均気温は…」とか「50億年後に太陽が燃え尽きたら…」とか「宇宙の終わりは…」とか)、個人的、つまり「自分が死んだ時のお葬式はこういう風にして欲しい」とか「ムダ毛があったら恥ずかしい」とかは一切思いません。

自分が死んだ後は残された人にとって一番良いようにしてくれればいいと思っている

葬式はしたいようにしてくれたらいいし、お金がなければしないでくれたらいい。
突発的な事故や災害で未処理のムダ毛を見られたら恥ずかしいけどww、それは結果的に生きていたからそう感じるわけで、死んでいるなら「恥ずかしい」と感じる自分の意識はその時にはもうないのだから関係ない(´∀`)

要するに、自分自身のプライベートな事柄について死後に希望したいことが一切ありません。
(自分自身のことについて)「死んだらこうしてくれ、ああしてくれ」と言う人って死後にも意識がある前提で話をしているのかなーと不思議な気持ちになります。(批判したい気持ちは全くないですよ!)

例外として、私のプライベートとして残されたものが家族にとって不幸になりかねない場合だけは、信用できる身内(今なら実妹)に処分して欲しいと頼んでおくかもしれませんが…。

一貫している思いは、「この世界は生きている者のための世界」だということ。
死んだ者はもうその世界の構成者じゃないから、この世界に関する全ての義務や権利がなくなる、という感じ。

で、ここまで書いてきたことを前提に。
こういう感覚の人間だからなのか、私は誰かが「死んだ後」に慕ったり感謝を示したり哀悼を示したりすることに小さな違和感を抱くことがよくあって。
生前から親しくしていたり愛情を示したりしていたなら別なんですが、例えばそれまで何年も全く会いにも来ず手紙や電話などもなかったのに葬式にはかけつけるとか。
本来は世間では「良いこと」とされていますが、私は「生きている時に会いに来てあげなかったなら死んでから会いに来たって無意味だよ…」と思うのです。これは死んだ本人にとって、です。遺族にとってはまた違うので、意味はないことはないんですよ、本当は。
ただ、純粋に、死んだ側の人だけに絞って考えると、無意味だよなーと。

例えば誰かが殺されたりしますよね。例えば河原で仲間からリンチを受けて、まだ10代の子供の命が惨たらしく失われたりするじゃないですか。
実母と内縁の夫からの長年の虐待の上に幼い子供が殺されたりしますよね。

そうすると、それが報道されて初めて山ほどの花が供えられ、涙ぐみながら手を合わせる人が山ほど現れますよね。

それ自体を批判する気持ちは全くないので誤解しないで欲しいんですが、ただ私は「死んでしまった後じゃなくて、生きていた間に気付いてやれなかったんだから、もう遅いよ…」と思ってしまうのです。
死んでしまってからいくら手を合わせられても、涙を流してもらっても、死んでしまった当人には何の恩恵もない。
今生きている、同じような境遇で死に瀕している命に気付くことに尽力しようよ…と思うのです。

死んだ後にいくらどれほどのことをしてあげたって、本人はもう死んでるから何も分からないんだよ…と思うのです。

(死後の魂を信じている人以外にとっては)生きている間にしてあげたこと、してもらったことが全てです。

 

 

 

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