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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

搾取され続ける人の意識回路は偽りのポジティブ思考

世間話 呟き 哲学・思想

前回の記事の続きエントリを上げる前にちょっとネット関連の吐き出し(´∀`)ゞ

 

不定期巡回しているブログに病んでいるブログ主さんがいるんだけど、時々気になることが出てくる。
鬱病を持っているらしいんだけど、気になるというのは別にその病んでいるということではなく、時々その人の実生活の話が出てきてその「搾取」のされっぷりに心が引っ掛かる、という感じ。
この「搾取」は、「善意や精神的労力なんかを消費される、持って行かれる、利用される」というような意味。

私の中では搾取され続ける側の人の性質は被DV性質と言い換えられる。

今回気になったのは、その人は以前からひどいブラックバイトに従事していて、経営者にはうまく丸め込まれ、同僚にはうまく使われ、客はほとんどDQNなんだけどその客には連日クレームを吐きつけられ(&周りがこの人にクレーム対応をうまく押し付ける)、そんな過酷勤務に随分長い期間耐えていた印象なのだけど、ついに身体も心も限界になってとうとう辞めたのだけれど、現在また新しい別の仕事に就いたら今度は高齢で仕事ができないくせに性格の悪い同僚がいて、攻撃される上に搾取もされている(同僚は自分の仕事ができないことまでもをその人のせいにしてくるようになった)…という状況を読んだから。
更に最近の記事で、自分自身の考え方を変えたら気にならなくなった、その人のできない仕事を自然にやってあげることも苦にならなくなった、とあって、ああ…"搾取され続ける人" の典型的思考パターンだ…('A`)と暗い気持ちになったのです。

断っておくと、その人の人生はその人のもので、だからこれは完全な私の独り言。批判をするつもりもないんですよ。
でも、公開されているそれらの文章を読んでどうしても吐き出さずにいられないので書く、という感じの記事です。それでもいいよという人だけお付き合い下さいな(´∀`)

多分、この人はこれからもその糞な高齢同僚の尻拭いをさせられ続け(給与や立場は全く同じアルバイト)、高齢同僚の態度はますます悪くなり、その内周りの全員がそのことを当たり前だと思い始め、皆がこの人が何でもやって当然!この人が意を唱えるなんて論外!という態度になっていくのだろうなあ…。
前の職場で辿った過程と同様に(´д`;)

この人の「自分の考え方を変えること」は、「自分をその嫌な状況に合わせるために、嫌だと感じている心を麻痺させること」とイコールだと私には思える。
それって、状況解決に何のためにもならないことなんだけど、この人はそれが分からないから、それで一歩前進したと思い込んでいる。

こういう"被DV性質" の人に共通していることの多い「明らかに自分は悪くなく理不尽で苦しい状況なのに、その状況を受け入れようと無理矢理自分の意識を適応させる」という形の「ポジティブな考え方の転換」は、「偽りのポジティブ思考」と言っていい。
本当のポジティブ思考は、今の状況や問題点を直視し、受け入れることから始まる。
自分の心が感じている理不尽な苦痛から目をそらすこと、じゃないんだよね…。それはポジティブ思考じゃないよ。偽物だよ。

この人の場合、仕事があまりにもできない同僚の状態と不真面目な態度を上司や責任者にきちんと伝えるべきだし(これは従業員として義務の範囲だと思う)、できないこととしてあげられることを上司と同僚本人の両者にきちんと伝えるべきだし、その上でできないことを押し付けられたら拒否しなければならない。

なぜそう「しなければならない」かというと、「今の現状はこの人に負担になっているから」

負担じゃない、何も気にならないしー(´∀`)ランランルー♪ …ならいいんですよね。全然。このままで(´∀`)
でも、苦しくて、イライラして、不満を抱えているわけで。しかもそれは正しい不満だと思う。なら、それを甘んじて受け入れなければいけない理由はどこにあるのか。ない。あると感じるなら、「自分の心と体を破壊してもしたいことなのか」、をよく考えて欲しいとおばさんは思ってしまう。

と言って、この人の人生はこの人のものだから、冒頭に書いたようにどう生きようとこの人の自由。周囲のクズに搾取され続け、病を重くしていくのも自由だ。
こういう書き方をすると厳しいというか冷たいけれど、成人していて、身体の自由があって、ネット環境もあるのだから、それは自分で気付くしかない。
自分で気付かない限り、どうすることもできないし、この先の人生も変わって行きようがない。
偽りのポジティブ思考自体は、心を守るための心的防衛機制に近いもので、悲しくも自然な心の反応だと思うんだけど、日常生活の範囲内だと本人にその自覚が出にくいんだよね…

実際的な問題としては、この人のように搾取され続ける人がいると、搾取する人間が成長し続けてしまうということなんだよな。
可愛いは作れるじゃなくて、DV性質は作れるから。

この人のようにクズを許して成長させてしまう人がいると、増長し続けたクズが別の場所でも更にパワーアップしたクズ被害を撒き散らす危険性を増やすから勘弁して欲しいと思う。
こういうことを書くとやっぱり冷たいか…(´ω`)

以下は余談。

このブログ主さんは繊細な感性ときちんとした考え方の持ち主だと思っていて、でも育った環境があまり恵まれていないために、成人して独り立ちしてからも現在の "あまり幸せとは言えない状況"(貧困なども含む)に到っている。
現代の日本には、一般的なレールをたまたま少し外れてしまったというような、この人のような環境の人を "救い出す"*1機構が存在しない。ぶっちゃけ現実的手段としては芸術・芸能の分野で一発当てるような、"非現実的な方法" しかない。
私は自分も半分はそっち側の人間だと思っていて、でも私の場合はたまたま(薄給だけど(゚д゚)!)正規レールかーらーの平凡なサラリーマンと結婚したことで正規レールに何とか復帰できたと感じていて*2、更に幸運にも子供に恵まれ、もっと言えばその子供を幼稚園に(ギリギリ家計だけど(゚д゚)!)入れられたことで「普通の子持ち主婦」という中年女性にとって正規すぎるレールに乗っかっていることができている、わけですよ。
これは「たまたま」で、そういう生活を平凡だから嫌だと感じる人以外にとっては幸運以外の何物でもなかった。感謝しつつ常にそれを感じるのは、私の本来の内面自体が「外れるべくしてレールを外れた者」、生来のドロップアウターであって、自分が一般的じゃない、有体に言えば「どこか異常」だという自覚があるからなのだけれど、結局、一番近道に正規レールに復帰できる方法は女にとって「(※正規レールの相手と)結婚」ということしかないのだろうな…。

そう考えるとやはり女にとっては結婚は「あがり」へのショートカットだけれど、批判されがちなこの手の話でいつも忘れられているのは、じゃあ「それ以外の方法」が現実的に難易度が高すぎる(゚д゚) という大きな問題だと思うんだよね。
それは、一応正規レールで18で大学に入ろうとする時にすら奨学金という名の学生ローンがその後の人生を縛る…というような、少子化に悩む一応世界の最先進国の状況とはとても思えない、有り得ないほど若者に鬼畜なこの日本の教育の現状システムだけを見ても分かるって話じゃないですか。

例えば、身内なしのその日暮らしの30過ぎたフリーターが一念発起して看護師の資格をとりたい!と思ったとして、でもそれは100パーセント無理だよ!(´∀`)夢物語おつ!*3っていうような話。自分で書いてて暗澹たる気持ちに沈んでしまうな…('A`)

要するに、今の日本では若者(と且て若者だった中年も)が自分の意志と努力だけで人生をやり直す・立て直すことができない。
だから、かろうじてレール上にいる者は例えば『ウシジマくん』なんかを読んで必死にレールを外れないように自分自身に言い聞かせているんだろう。戦後71年目の綱渡り。
この苦しい、特に若者にとって生きづらい時代が早く終わればいいのにと願う('A`)

 

 


●関連するかもしれない昔の記事

manmaru14.hatenablog.jp

 

 

 

 

 

*1: 日本国民の権利として憲法にも記されている "健康" で "文化的" な生活を最低限おくれる生活にするという意味

*2:正規レール家庭に生まれ育った私が正規レールから外れたポイントは短大を中退したことと水商売に入ったことです。

*3:本当にものすごい努力をし続ければ叶うだろうけど、ぶっちゃけほとんど無理だと思う。現実的にそれほどの努力と困難を最低ラインにするのは酷すぎだろヽ(`Д´)ノ!っていう。

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