願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

私の幼稚園関係の付き合いの仕方には転勤族の悲しみも関係している

年明けから色んな理由で更新できないことが続いていますが、やっと春休みだーと思ったら存外忙しく、特に幼稚園のお友達付き合いに息切れを起こしている石ですよ…。←などとダラダラ書いている間にうっかりその春休みも終わってしまいました(´∀`)(※昨日始業式)
…まあすっかり終わってしまったんですが、「まだ春休み中」という強引な設定で今日の話は始めようと思いますよ…。ただしタイトルにした本題に入るまでがまたややダラダラと長いので、相変わらずですが(´∀`)ゞすまんこってす。


先日もクラスのみんなで集まってお花見をして楽しかったばかりなんですが、私はコミュ障で引きこもりだから内実本当に大変ではあるものの*1、周りのお母さんがとても良い方ばかりで、有難くそういったいわゆる「ママ友」さんたちと仲良くさせてもらっていて、春休みに入ってからも色んなメンバーで集まって遊ぶことが何回もありました。
更に飲み会もあって、それもお茶で二次会まで参加。

驚くのは、お母さん方のほとんどがコミュ力の高い、そして気軽に会って遊びたがり、気さくな方が多いということですよ…(´∀`)
たまたまそういう人が多いクラスだったという可能性もありつつ、それが何となくこの幼稚園の「保護者カラー」という印象も受ける。
規模は大きくないけれど開園からの歴史は老舗という家族経営の園で、代々この幼稚園という家もあり、地元の人がほとんどで、園児のきょうだいも同じ園。
だから変なことをするとたちまち地元での立場が悪くなってしまう、という理由も波風を立てないよう自制するのに一役買っているのかもしれないが、今のところ皆良い人ばかり。
みんなきちんと大人で、ほどほどの距離を保って仲良くしている気さくな人たち、という感じ(´∀`)*2

持ち家の家庭が多く、なぜか実家・義実家も近所という家庭の割合も高く、経済的にあまり困っていない背景もメンタルの安定に大きいのかもしれないなーと思ったり思ったり(うちは別ですが(o^-')b☆)
何故にそんなに余裕があるのか、旦那さんは一体何のお仕事をしてるのか少し謎に思いつつ、何かで読んだら子育て中世帯の平均手取り月収額がうちより10万円以上も上だったのでまあさもありなんという話なのですが(´∀`)(と顔文字で笑ってリアルで泣く…というどうでもいい文章)

そんなわけで親子共々とても楽しく過ごしているのですが、もともと他人と長く一緒にいるとどんなに楽しくてもいい人とであっても精神が疲弊して調子が悪くなってしまうという本当に嫌な体質の私は(本当に楽しいんですが!)半面苦痛でもあり、常にアンビバレントで苦しんでいるわけで、上記の飲み会でもハッスルしすぎて久々にパニック症状が出て(予想はしてましたよ(o^-')b☆)、慌ててトイレに行き暴走した神経をなだめ念の為デパスを服用して事なきを得た…という残念な次第。

もーなんなんだろうこれ。本当にやだもーこれorz


いえこれが「パニック障害という名の私の持病」なのはもちろん分かっているんですが、その時の自分の身体の中のシステムが未だに分からないわけでね…(゚д゚)
パニック障害を最初に発症した頃(20代後半)はそれこそ「ここで倒れるんじゃないか」「このまま死んでしまうんじゃないか」という切迫した恐怖感情が主だったんですが、その内これがパニック障害という病気であり、「大丈夫、本当に死んだりはしない(´ー`)」ということははっきり理解できたため死への直接的な恐怖は減り、その代わりこの不思議な辛い感覚がメインになってきたんですね。
昔から緊張すると腹を壊すタイプの子供だった私(今も下痢症です)はパニック発作が出る時もお腹の調子と連動することが多く「吐くかもしれない」というのもよくあるんですが、こういう "簡易型"(←今勝手につけた呼び名)はお腹に関係なく出てくる。
その「症状」は言葉にするのが難しくて、「神経が暴走している感じ」としか表現できない感覚なんですよね。
例えば『トムとジェリー』なんかで、トムが自分の身体の一部をそこに残したまま落下したりすごいスピードで逃げたり引っ張られたりするシーンがありますよね。トムが神経(思考や感情)、置き去りにされた体の一部が私の本体、というような感じなんですが…何を言ってるかわからねーと思うが(゚д゚;)…ポルナレフ状態の説明ですみません。

クラス保護者との飲み会、親睦会のような「友人未満の間柄の人たち多数と、親しく気の置けない雰囲気でフリータイムを過ごす」という時によくなりやすいです。
早い話がプレッシャーなんだろうw
意外かもしれませんが私はそういう場では割と積極的に馴染もうとする方で、場にもよるんですが自分からもよく話し、人の話もアクションや突っ込みを適度に入れつつ聞き、全体を盛り上げようとしてしまうサービス精神てんこ盛りな人になってしまうんですねー。
人に嫌われたくない、全ての人に好かれたいボーダー故の大ハッスルと、水商売(スナック)が長かった故のサービス精神です(´ー`)
結果、その二つが相乗効果スパークして「素の自分」というものはその場からすっかり消えてなくなってしまうのです。
そうすると、だんだん心身がおかしくなってくるんでしょうね…「自分」がいないから(´∀`)*3

要するに、私はきちんと「自分自身のまま」他人と接するということができない、残念な人間なのです。

と書いてきておいて何なんですが、「普通の人」には基本的に何を言っているか分からない文章だと思うんですよ。まともな人にとっては当たり前以前の当たり前のことだから、普段意識すること自体がないと思うんですよね。
けれど、ボーダーである私は「自分」というものが常に揺らいでいる存在で、自分の中心に自分を保っていることが困難なんですよね。自分の中心にいるのは大抵他人なわけですよ。*4
だから「他人といると疲れる」わけです。
言い換えると「そもそも『他人』は常に自分の中にいるのに実在の他人にまで気を遣わなきゃならないわけで、そりゃパニックも起こすわw(´д`;)」 って感じでしょうか。

で、さて、ここからが本題なんですが。
上に書いたような私の体質的な対人関係の障害は別にしてですね、お母さん方とのお付き合いで私が基本完全受け身であり、自分からは交流を広げようとか深めようとかしない(したくない、じゃない点にご注意(o^-')b☆)理由には自分が「転勤族である」ということの影響をかなり色濃く感じるのであって。
それは私の中に染み付いた、「どんなに仲良くなっても所詮いつか転勤でいなくなる」という感覚。
敢えてかなり乱暴な言い方をすると、「付き合いをしても無駄」という諦念や虚無感が心の根底にある気がするのです。

上の方でも書いたように、周りのお母さん方は皆地元に根を下ろした人ばかりなんですよね。そういったお母さん方は、幼稚園で繋がった他のお母さんたちと下手すりゃ一生のお付き合いになる可能性が少なくないわけで。
少なくとも小学校や中学校くらいの将来までは共通の話題ができるわけです。
要するに「転勤族である私以外」のほとんどのお母さんにとって、今の幼稚園でのママ友付き合いは「これから果てしなく続く(かもしれない)長いご縁の一端」なんですよね。
でも、私はそうじゃないわけです。

もちろん今後どうなるかは分からないけれど、基本的にそう長くはここにいられないと私自身が思っていることが大きい。*5

何となく、息子がこの地域の小学校に入ることすら漠然と現実感がないというか。

だから、普段から何気ない会話に温度差を感じることがよくあるのです。

この地に一生住むつもりの人にとっては大事なことでも、あと何年いるか分からない私にとっては全然現実的な話じゃなかったりするのですね。
逆にその度に「ああ、中学校の学区の話か…つーかうちはそれまでここにいられるんだろうか」という漠然とした不安を再認識してぼんやり悲しい気持ちになるのです。

また、実際にはこの気持ちが一番大きいんですが、「相手に申し訳ない気になる」ということ。

どんなに良くしてもらっても、(恩は忘れなくても)私はその内いなくなってしまうから…(´・ω・`)

どうせここからいなくなる、そんな人間に親切にしたり、わざわざ仲良くする労力って無駄じゃないかな、悪いな、って思いがいつも心に強くあって、だから付き合い方もどこか引き気味になってしまうのです。

そういうところは間違いなくあると思う。

どうして私は転勤族の家に生まれたのに(その苦労を味わったのに)、また自分が転勤族の人と結婚してしまったのだろう…(´・ω・`)

と考えても仕方のないことを考えてしまったりするのですね、…という、本題じゃない要素の話の方が長くなってしまったダラダラ記事でしたがw(´∀`) 本日はこの辺で。

 

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私はヤドカリ… 空高く飛翔することもなく、どこまでも地を這い移動し続ける…
私はデラシネ
*6

 

 

*1:世の中、特にネット上だと「コミュ障」や「引きこもり」を自称している人は結構いる印象ですが、実際はそれらは単なる自虐や謙遜・または思い込みである場合も多いと思うんですよねー。でもこのブログを読んで下さっている方はお分かりであるように私のは残念ながら本当なわけで…と強く主張するのも逆に残念な話というorz

*2:「ママ友カースト」「ママ友いじめ」なんていうのはどこの世界の話でしょうか?

*3:もう「見よ、これこそが真のコミュ障であり真性引きこもり体質だ!(゚д゚)」と声を大にして言いたいくらいですよ…orz

*4:同じ「困ったパーソナリティー障害持ち」でも、自分中心の自己愛性と違って、境界性は「他人」が自分の中心。自分の価値観や行動指針などの本質的な決定をするのが「自分」じゃなく「他人(=他人の反応を考慮した思考論理)」なんですね…

*5:今の夫の会社がどうなるか分からないとは言え、少なくとも縁もゆかりもないこの東京に一生住んで骨を埋める予定は今のところ百パーセントない。夫が人混み嫌いなのでそもそも東京は一番苦手な場所とのこと。

*6:ウルトラマンX』あのM1号の回は見どころでしたね…

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