願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

『ミシマの警告』を読んでB層の一人として考えたこと。

『ミシマの警告』という本を読みました。
寒気がしましたよね…(((´ー`)))

ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒 (講談社+α新書)

ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒 (講談社+α新書)

 


私が普段もやもやとした違和感で感じている「嫌な感じ」を頭の良い人が言葉にしてくれた…という印象。
ただ残念なことに私自身はあまり頭が良くなく、しかもきっちり読み込んでいないのであまり理解できていないと思うんですが(全く以てダメダメな文章( ´_ゝ`))、ただ「間違いなくこれは良本!」と感じたので、それをここで伝えておきたい、今書かないともう書く時間がないまま日に埋もれてしまうと思った気持ちを優先させ、一読して感じたこと考えたことをとりあえず書き散らかしていこうと思います。

と言って、この本によると私は一応立派なB層の一員なわけですけれども…(´ー`)

イメージに流されたりかっこいい言葉に騙されたりはあまりしないと思っているけれど実際どうだか分からないし、何よりIQが高くないし、貧乏だし、生活にいっぱいいっぱいの主婦だし、悪いところは根本的に改革しなきゃ意味がないと思っている。それに何より、自分で自分のことを「何も考えていないわけじゃない。一応色々考えている」と思っているここが危ない。
安倍さんや小泉さんも最初は好きでしたし*1、ある程度「強い指導者」じゃないとだめだと感じる点は「似非保守」B層の特徴ですし。

ただ、一応B層ではありつつ、その中にいることでいつも何かしら違和感と危機感を感じていて、うまく文章にできないもののモヤモヤした嫌な気持ちでいるわけで、はぐれメタル…もとい「はぐれB層みたいなキャラなんじゃないかと思ったり思わなかったりラジバンダリ(というどうでもいい上にだいぶ古い言い回し)。
これは数少ない私の自負している過去の行動なんですが、民主党が圧倒的勝利を収めて政権交代をしたあの日、本当に絶望したんですよ。私なりに民主党の駄目さを見抜いてたから。B層なのに(´∀`)
高速道路無料化なんてどう考えたって無理なのに、なんでみんな分からないんだろう…こんな夢物語に騙されるんだ…小さく配偶者控除廃止って書いてあるのに気付かないんだ、って。B層なのに!(´∀`)

特に面白くない上に鼻につく感じの文章でどうもすみません…( ´_ゝ`)

さて、この本を読んで最初に思い出したことを書いておくと、普段私は「庶民の暮らしを知らない貴族議員めが!( ゚д゚)、ペッ」安倍さん始め苦労を知らない世襲や富裕層出身の議員先生方を盛大にディスっていますが、本当に貴族議員がいたとして、それが全て悪いと思っているわけじゃなくて。
そもそも、私が最初に安倍さんを支持していた理由の中には(今はその負の面しか目立たなくなってしまったけれど)「名門の生まれだから」というのも確かにあったのです。でもこれは別に名門の出だから人間ができているといった意味では全然なくて、一国の代表として他国(特に白人国家)の名門出のハイソサエティーと渡り合う時に「相応のマナーや教養」が板についた人じゃないと恥ずかしい…というか、対等に渡り合うのは難しいんじゃないか、という気持ちがあったから。

例えば、海外の政治ドラマなんかを見ていてよく出てくるのがシェークスピアじゃないですか。『リア王』『マクベス』なんかの有名な一説や台詞なんかを大事な政治の場面で引用したり、重要なメッセージの暗喩として普通に使用したりするシーンが結構あるわけです。
しかし私はシェークスピアなんて一切読んだことがなくて*2この点においてだけでもう私は国と国との重要且つ繊細複雑なやり取りの場には立てないわけで。トップ政治家の基本知識として知っていて当然の教養が身についていないわけです。
まあもちろん短大中退の私のレベルが庶民の平均と言ったらおこがましいにもほどがあるわけでして、「普通に大学を出ていればシェークスピアなんて基本の教養でしょ(´∀`)」という人が少なくないであろうことはぼんやり察しているんですが、そこはまあ、一つ。
あと、安倍さんは実はそういう、知識自体はどうか分かりませんが「本物の教養」みたいなものはどうもあまりない人らしいですよね…(小声)。漏れ聞くエピソードや、あからさまに文化・教養系を大幅に削減してすぐ使える理系の学生を育てようとしているところにも何となくそれを感じます。まあ気持ちはわかるけど、分かられているだけダメってことでもあって(少し後の文章参照)。

また、貴族議員的なものを完全否定しない理由としてはそういったことの他に、まずこっちの方が重要ではあるんですが、民意がいつも正しいわけじゃないということがある。私も40を過ぎて(って年齢は関係ないんですが、理想に燃える時期を通り過ぎたということはその理解に実際大きいと思ったり思わなかったりラジバンダリ)それを知っている。
庶民の暮らしを知らない政治は悪だけれど、じゃあ庶民の意思が国と国民の将来にとっていつも正しいかと言うとそうじゃないわけで。

大抵よく引き合いに出されるのはヒトラーですが、(B層の私なんかが説明するまでもないことですが(o^-')b☆)ナチス党は当時国民の圧倒的支持を受けて与党になったわけですよね。ヒトラーがそのトップとして総統の座に就くことに国民の9割が賛成した。
ナチス台頭、ヒトラーの独裁というのは民意の塊みたいなもんだったわけです。その結果、最終的に行き着いてしまったのはあの最悪のホロコースト
もちろん、だからナチスの悪行はそれを選んだ国民に責任がある、というのはあまりに短絡過ぎる主張で同意できないわけですが、民意が正しい道を歩むとは限らない、という例としては忘れてはいけないと思うわけです。

これは昔からずっと思っていることなんですが、他の職業もそうであるように政治もその道のプロ(しかし「プロ政治家」と書くと途端にインチキ臭くなる不思議(o^-')b☆)がやるべき仕事であって、もちろん絶対に学力的にバカでは困る。できるだけ頭が良くなきゃいけない。そして何より、政治に特化した「体力」とでもいうようなものがある人がやるべき職業だと思うんですよ。
そう考えると、そもそも政治のことは多くの国民には理解できなくて当然とも言える。頭の良い人の考えはそれ以下のレベルの人には理解できないわけです。
逆に言えば多くの国民が簡単に理解・共感できるようではそれはある意味「浅すぎてダメな政治」なわけですね(民主党の高速道路無料化なんかがいい例(o^-')b☆…という「あの当時の民主党」ディスのしつこさw)。
二年前の震災遺構についての記事でも触れたんですが、国民と政治の関係性は「国民は日々の生活を懸命に送り税収として政治の基盤を支え、政治家はその国民に代わって雇われた政治の専属プロとして国民が考えられない先のところまで、深いところまで見据えて判断をしていく」という明確な役割分担がされていると私は考える。
そうであるべきだと思うわけで。
そのために政治家が優遇されることはあってしかり、ある程度高い給料も当然だと思うわけで。それに見合った仕事をして頂けていれば、その仕事の内容は理解できずとも本質的には文句はないのですよ(と偉そうに)。*3

上記のような感覚はこの本の主張と近いところにあると思ったんですが、どうでしょうか。

著者の適菜収さんがこの本で三島由紀夫が見抜いて憂いていた日本の現状と将来の問題として書いているのは、「保守を自称した日和見自由主義者層の暴走」と、その結果の「全体主義」(ですよね?)。
そもそも現代の多くの人が「保守」という意味を取り違えている、と著者は指摘しています。
ここのところの説明は読んでいて爽快かつ安堵の気持ちになったので、もしもうまく言えない・そして大きな声でも言えないけれど、最近の日本に何となく閉塞感と違和感を感じてモヤモヤしている大人の人は一読してみていかがでしょうか。

と、この本をお薦めする気持ちは百パーセントでありつつ、この本の「保守」の主張と相容れない部分も自分にはあって。
考え方や感覚は千差万別、違いがあって当然ということでいいんですが、あまりに下手な表現で何となく書いておくと、「現状(とミシマが予想した将来)のその更に先」への見通しがグローバルでない、と感じました。

「何となく嫌だ」という直観を正当とする著者の意見には私は基本的には賛成で、白か黒か二極化できないもののグレーな判断を大事にしたいと思う気持ちもいっしょ(と馴れ馴れしく)。
ただ、例えばそれらを以て「何となく嫌だから異文化のものを排除する」という感覚になるとそれは正当と思えないし、「伝統(日本的なるもの)を保持するために外国人受け入れに拒否的」という感覚になると賛成できないわけで。(※著者がこういう主張をしているわけではないのでご注意!)
特に後者はとても微妙な問題だと感じます。例えば難民・移民受け入れ問題なんかは、ミシマが生きていた頃にはなかったISという過激派組織の急速な拡大が直接の原因であるわけで、こういう大規模な移民・難民問題が世界中で起きて現実に日本にとってもここまで切迫した問題になることは予想していなかったと思うんですよね。

難民や移民受け入れ問題についてはまた別に書きたいと思っているので(いつになるのか分かりませんがorz)ここでは深くは書かないつもりですが、さらっと触れると、これからもし日本が難民や移民を人道的に大量に受け入れていったなら、結果的にミシマが守りたかった「伝統(日本的なるもの)」はなくなっていくと思う。
でも、受け入れを拒否すれば助けを求めてきた人を見殺しにすることになる。人間の命や尊厳が理不尽に奪われることに加担したことになるわけで。
ミシマが今生きていればどう考えただろうと思います。

私自身は、思考が極端に飛躍しやすい性質もあってか、突き詰めて考えた結果の極論として「国なんて人間自身より守るべき物なんだろうか?」という考えに辿り着いてしまいました。そんなに「国」って大事?

いえ、大事なんですけどね…(´∀`)

上で「微妙な問題」と書いたのはこういうことであって。(´д`)ムズカシイ…
実は私は「美しい国、日本」という感覚を単純に支持していたくらい日本という国、日本的なるものには単純な愛着とそれなりに他国民と同様の誇りがあるわけです(この本ではこのスローガン自体はB層の好む特徴としてネガティブに扱われていますがw)。
例えば日本語や日本文化をよく解さない外国人が日本に多くなり、「アメリカ的な自由合理主義」に押されて日本の伝統がなくなっていくのは感覚的にはとても「何となく嫌」です。怖くもあります。ぶっちゃけネタは好きだけど厚切りジェイソンの日本社会への批判意見や主張にはうんざりすることが多い、的な。*4
理性では異文化を受け入れなきゃいけないと思いつつ、未知への恐怖ですね。
だから、言うなら頑固な老人が「わしはよう知らんもんは好かん!」と反発するのはまあ理解はできる。そういう問答無用の直観も実は大事な感覚である、ということも分かる。

ここでこの本によるミシマの主張を改めて書いておきます。ミシマの嫌ったもの、警戒していたものの正体は「全体主義」でした。
右でも左でも過激思想でもない。人々の、一見合理的・論理的な理性による全体主義を危険視していた。
すごい慧眼だなと思いましたよ…。
そして、

  • 理性による合理性は暴走する
  • だから伝統(※一見不合理なものに見える)はストッパーとして大事
  • 政治では一院制じゃない議会制が大事

というのがミシマの基本的なスタンスだったようです。人間の理性を信用せず、だから伝統を重視するという部分がいかにも日本愛国者国粋主義者のようにイメージづいてしまったわけですね。なるほどー。
理性を抑える役目として宗教があるという部分には頭を殴られた衝撃でした。
私は宗教を人間弾圧の最たるものとして忌み嫌っていますが、そういう捉え方をすると確かに理性では理解できない部分での利点はある(個人が幸せでいられること以外に)。
でも宗教ってミシマや著者が全体主義と同じく嫌っている思考停止と矛盾しないんだろうか…
こういうところ、自分の頭の悪さが憎い…ヽ(`Д´)ノウワアン!

で、一番は
今の世界の事態は「それ以上」のところにもう来ているのではないか?
と思ったのですよ。

伝統で太刀打ちできない、これまでに経験したことのない状況に。

世界がそこそこ平和で、内戦や内乱がある地域も何となくその中で収まっているなら「自国文化を守るための異文化への拒否感」「本能的危機感による外国人に自国が侵される嫌悪感」は理解できるし、その感覚は尊重すべきだと思うんですが、もう世界ってそこそこ平和じゃなくなってきてますよね…?
難民・移民の例が一番分かりやすい(私が)のでそこに焦点をあてると、何というか、普段は他人の家に勝手に入るなんてことは有り得なくても、災害で周りがめちゃくちゃになって壊されて大変な事態になれば、かろうじて残っている家があればそこがとりあえずの命の避難所になったりしますよね。喩えが下手であれなんですがー(´ー`)
要するに、もう世界は「想定外」の領域に入ってきていて、現状、死の瀬戸際に瀕して平和な先進国に安住の地を求めて命懸けで移動する・しようとしている罪のない人々が何十万人・何百万人といる。たまたまその当事国に生まれてしまったというだけで、普通に生きる権利を奪われ、幼い命が無数に冷たい海に浮かんだりして、酷い犠牲になり続けているわけですよね。
で、そういう地球の「想定外」、もっと言えば「極限の状況」になった時に、果たして「国」や「伝統」というもののどこまで守るべきなのか…と考えてしまうのです。

よく、地球を宇宙から見たら国境なんて引かれていない、というようなことを言いますよね。
実際そうだと思います。

国境は我々の心の中にある!(m9`Д´)ビシッ

…突然すみません(´∀`)
私は差別を憎む人間ですが、その根底にあるのは人間なんて人間である限り皆同じだと思っている考えです。「人類平等」ですね。個人個人の環境や性質や才能は平等じゃない、つまり個々の幸不幸や人生は平等ではないけれど、「人間」という意味では皆同じ権利がある誰もが等しく「人間として生きる権利」がある、という意味で。
そこを潰してまで死守しなきゃいけない「国(とその国なるもの)」や「伝統」なんて、宗教と同じくらい害のある幻想なんじゃないかという気持ちになります。

この考え方は「保守」じゃないでしょうか。「国」の中では保守じゃないですね。(極限の状況においては、だけど)国も伝統もなくなっていいって言ってるんだから、極限リベラル。
ただ、「人類」という範囲で考えれば一番の「保守」じゃないかと思ったりするんですが。
「人間理性に懐疑的である」という、この本の保守の定義的にはどうでしょう。

それが主義主張ではなく、思考方法についての言葉であるなら私もある程度「保守」なんじゃないのかなあと思っていたかったりかったりかったり…でもこの本での「保守」は人類平等ではないみたいだからなあ…私は反保守ということなんだろうかだろうかだろうか…(相変わらずまとまりきらないままフェイドアウト)



 


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*1:小泉さんは郵政解散、安倍さんは原発推進をきっかけに離れましたよ…

*2:ストーリーに興味はあっても基本的に戯曲作品の読み方・楽しみ方が分からない。叙事詩みたいなのも同じく。文化的に残念な人間orz

*3:だから私は「国民にも責任がある」という言い方が基本的に嫌いです。そういう重い判断や責任の伴う仕事を任せているからこそこっち(国民)は高い給料払ってるんだろヽ(`Д´)ノと言いたい。

*4:良くしたいと思っているなら生まれ育った自分の国に帰ってそれやればいいじゃん、て。日本には日本の伝統がある。それを深く理解しようともせずにまず批判、そして他国で育った自分の主張を押し付けてくるのはどうかと思う。

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