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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

近況つれづれ。

日々徒然 断捨離

一年の大半は何にもない、誰からも連絡のないボイド(宇宙の大規模構造で星や銀河がまったくない空洞のような空間)みたいな時期がほとんどの人生なのに、たまたまちょっと忙しい時期があるとそこになぜか普段は起こらない色々が重なってくる、というグレートウォール(星や銀河が存在する場所が何もない空間と交互に壁のように存在している)構造のような人生になっている。
人生の泡構造だと思う(上記は銀河の泡構造と言われている)(´ー`)

今月は幼稚園の新学期が始まり、実際はそうでもないが心理的に忙しい気持ちだったこと、夏休み後半に息子がひいた風邪がうつったのが二週間治らなかったこと、日常生活の些細な問題がいくつかあったこと、私の病院通いのスケジュール・・・、等が面倒な感じに重なり、ブログ更新が空きがちになった。
常に記事は書いていたけれど上げるに至らなかった、という感じですな。


加えて、連休は帰省をしました。

もともとこの連休には夫と息子だけ義実家へ泊りに行く予定が先にあり、後から私が一人で実家へ行く予定を追加した次第。

東京に来てからほぼ2年、実家へは初の帰省。
新幹線で1時間半という近さなのになぜかと言うと、実家は物が多く、猫も複数飼っていて、重度のハウスダスト・ネコアレルギー持ちの息子は滞在できない(´д`)
子供と一緒に行けないとなるとまったく帰省できないことになってしまう。

実は先月、実家にいる猫のうち一番古い先住猫が死んだ。享年17歳。
しばらく前から少しずつ調子が悪くなり、特にここ一年くらいは頻繁に病院通いをしていた。一時期危なくなったが持ち直し、でもそれ以来すっかり痩せ細ってほとんど食べなくなり、もういよいよかも・・・と家族みんなが思っていた。
彼が生きているうちにもう一度会いたかったが、間に合わなかった(´;ω;`)

でも、不思議とそんなに悲しい気持ちは起こらない。
最後は眠りながら穏やかに逝ったという。
神経質で小心者の綺麗な白猫(雑種の日本猫)だった。
可愛がられて幸せに過ごせたのだから(本人が本当に幸せだったかどうかは永遠に知る由がないが、一般的に日本で野良猫出身の辿る猫生を考慮した場合)、彼は幸せだった。
命はいつか必ず消えるものだから、死自体は仕方ない。
苦しまず、病気があったとはいえ寿命というか老衰の範囲だった気がするし、彼が一番好きだった実母と夜一緒に寝ている時に穏やかに眠りながら息を引き取った。
十分幸せだったと思う。

命あるものは、生きているうちが全て。
死に方は違っても、死はたった一つしかない。
呼吸が止まる。心臓が止まる。意識がこの世から消滅する。

生きている間だけが命だから、死んでからのことは本人には一切関係ない。繋がりようがないから。
・・・

そんなわけで、彼の骨だけが虹色の丸い骨壺に入って迎えてくれました。
他の猫どもはみんなまだ元気で、良かったです(´∀`)(「猫たち」より「猫ども」という表現がなんか愛情を込めやすくて気に入っている)

友人と会ったり、知人の店に顔を出したり、「まだ繋がっていたい」と思う人たちと再会するために時間を作ったりもしました。
もう一人会いたい友人がいたんだけど、私が疲れすぎて断念。
三泊四日じゃ厳しいわー。

何より一番の目的は実家の片付けでした。

実家に残してある自分の荷物の処分。
そして、できれば実家自体の片付けも少しできれば、と。

何度か書いてますが、実家はとにかく物の多い、多すぎる家(´∀`)
両親は物を捨てない人たちで、尚且つ物欲エネルギーの塊。昔っから買い物大好き、趣味も多い、断捨離アンの親としてラスボスの典型。
捨てるとなったらゴミでも惜しいというね(´ρ`)・・・まあなんだ、ほら、やっぱり一口で言って「典型」ですよ・・・。捨てられない中高年特有というか。「何かに使える」「何かの時用にとってある」が、捨てない理由の口癖で、「何に使うの?」「何かの時っていつ?」と聞こうもんなら明らかに機嫌が悪くなるというアレですわw(´ー`)

どのくらい捨てないかというと、私が4~5歳の時から見ている記憶のある柄ネクタイ(付けることはない)を父はまだ普通に持っていた(=思い出としてじゃなく、着けるためのネクタイ置き場に)。35年ですよ。それも着物の柄みたいな、西部警察』の大門警部(渡哲也です)が着けているような柄の、・・・いや、私だって大門が着けているならカッコイイと思いますよ?

しかし、2015年に父が着ける柄じゃない。生地もよれて傷んでいる。本人だっておかしいことが分かっているから多分絶対に着けることはないんですよ。
でも捨てないんですよね・・・。

更に、私の荷物に関しても、何年か前に「これは捨てていいからね」と言っておいた物もとってあった。
その前にとっくに「これは処分してね」と言っておいたものまでとってあった。

「捨てていいなら助かる(スペースがないから)」と日頃父は私に散々言っていたはずなのに、捨てていいよと言っておいたはずのものがほとんど全部とってありました(゜д゜)

・・・ええ本当に、両親(特に父)の「捨てない」執念は凄まじく、捨てないので増え続ける物のためにどんどんと収納スペースだけは作る。
DIYを生かして張り切って作る。
例えば吊り棚。実家は今やほとんどの部屋の壁の上の方に吊り棚を吊ってある。そこにあるのはペーパー類のストック、衣類の詰まっているっぽい段ボール、シュラフや寝袋みたいなくるっと丸まって袋に入っているもの、猫用キャリーバッグ(←なぜか頭数より多い)・・・などなど。
とにかくありとあらゆるスペースに物が置いてある。
階段の壁にはフックをぶら下げいつから持っているものなのか、使っているんだかも分からない大量のリュックサックが吊り下げられている。昔は登山が趣味だった父だが、もう行かないと公言しているから恐らくその大半は必要ないはずだ。

そもそも家の中の床以外の「平らな場所」はすべて物が置かれてあり、全く余裕スペースはない。例えばちょっと飲み物のコップを持って立ち上がって移動した時なんかに、ちょっと置く場所なんかは一切ない。
それも大体が「そこになくてもいい物」だ。埃をかぶったキーホルダー、使い捨てマスクの箱、ハガキ、書類、ペン、薬、貯金箱、時計、何かの小さな袋・・・などなどが滑り落ちて来ないように絶妙のバランスで重なっている。
茶箪笥の出っ張った部分(奥行10cm程度)に、電話台となっている出窓に、洗面所の窓枠に、玄関の靴箱上のスペースに。・・・家中のありとあらゆる「平らな部分」が、そういった「なんだかよく分からないモノ」に埋め尽くされている。

しかし、その反面せっかくの作りつけ収納であるパントリーやクローゼットの中はしっちゃかめっちゃかで隙間だらけ(゜д゜)
どこに何があるか一割も把握していないと思う。パントリーの一番奥にある物は果たして何なのか両親たちも絶対に知らないはずだ。
膨大な量の紙袋とスーパーのレジ袋、キッチンペーパーのストック、猫用フードのストックや猫砂なんかは確認できたが、後は皆目分からない。それらだって一箇所にまとまっておらず、紙袋なんかは多分使う時にちょうどいいサイズやデザインのものを探して引っ張り出して落ちたりもするのだろう、パントリー内のあらゆるところに散らばっていた。

うん。テレビや雑誌なんかでよく出てくる「片付けられない中高年の家」そのものだ・・・と思ったよね(´ー`)

ここ一年以上断捨離に親しみ、そういった画像を見続けてきた私は既視感で具合が悪くなったほどだった。
なんという「汚家」の典型・・・!(((゜д゜;)))

ただし、いわゆる「ゴミ屋敷」と違って本人たちは一応「綺麗にしたい」という気持ちを持っていて、掃除もしているので、そこまで汚いという表現をするのは両親本人たちはもちろん私も不本意なんですが、私が自分が長年ここで生活していたと信じられないほどには汚かったですね・・・。
そこで暮らしていると普段よく使う物の小さな汚れ(例えばリモコン類の汚れとか洗面台の隅のカビとか)って目に馴染んで見えなくなるというのはあると思うんですよ。
だから家を出た娘が鬼の首を獲ったように「わー汚い!」「少しは片付けなよ」と顔をしかめて老いた実家をただ非難するのはたやすい、そして大人げない行為だと思うわけです。・・・いやちょっと前は私はそうだったんですが、四十になった今や私も立派な中高年ですからね・・・同類相憐れむ・・・大人の機微もさすがに身に着くわけですよ。

と、すぐ上で打ち消しといて何なんですが、実際私も数年前まで立派な「片付けられない」汚部屋の一族だったわけです。
外はめちゃくちゃなのに肝心の収納の中は結構ガラガラ、何もかもが外に出ている、しまい方が分からないからしまえない、どこに何があるか分かっていないからいつも物を探している、大事な物(例えば何かの用紙や書類等)は最低でも必要な三日前までに言ってくれないと探し出せないので急に言われても困る、・・・こういう状態の気持ちは痛いほどによく分かる(つд`)

さて。というわけでですね、三泊四日と言っても着いたのは夕方、帰るのは午前中と実質二日間くらいしか時間がないのでどんどん作業をしました。
とりあえず私の私物はごく一部を除いてほぼ全捨て。ほとんど考えず、ただ捨てていく作業に没頭しました。
今回確認した物から「捨てるものを置いて行ってくれたらこっちで捨てておくよ(´∀`)」という父の優しい申し出は信用できないとはっきり分かったので、自分一人でどんどんゴミ袋に詰め、本類もどんどん紐でくくっていった。
「雑学系の本があれば読みたいから捨てないで俺にくれよな(´∀`)」と言う父の声にうんうんと返事をしつつ、そういう本が出てきてもこっそり興味のなさそうな本の間に挟んで縛る作業をもくもくとこなす。
「もしまだ使えそうな物があったら一声かけてくれな(´∀`)」と言う父の声にもうんうんと返事をしつつ、もし見かけても声を掛けるのが憚られるくらいの手速さでゴミ袋に放り込んでいった。
(後で母から聞いた話だと、父は「何か良さそうな物がありそうだったのに石子(←私。仮名)がどんどん捨てていくから取り出せなくて・・・(´・ω・`)」としょんぼり話していたらしい。GJ私!)

自分の物が一通り終わった後、居間に下りてガラス戸の書棚(という名の物置)をさらっと見てみた。
その様子を一つ一つ描写すると突っ込みどころが満載すぎてとてもここに書き切れないから割愛する。
時間がなくて全部には手がつけられないので、母と一緒に、母の物がメインで置かれている部分だけ片付けに着手した。
順序とポイントは

  • 全部出すこんなものも入っていたという視覚効果
  • 一つ一つを並べる(重なったりまとまったままで置かない)←全ての物をきちんと確認・把握してもらう
  • 必ず手に取ってもらう←触ると分かることがいっぱい
  • 「本当に使うか、使うならどんな場面か」を具体的に聞く←若い時と違って今後客が来ることが増えることはない、使う場面が劇的に訪れることはそうない、等のことを冷静に考えてもらう


こんな感じ。
そして、残すと決まったものを綺麗にし、収納していく。
ここでのポイントは三点。

  • 同じ用途のものは一箇所にまとめる
  • よく使う物から取り出しやすい場所にしまう
  • 多すぎる物は数を減らす


他人のことは言えないほんの少し前の私もこれだったんですが、片付けられない人の家(や部屋)って、なぜか色んなところに同じ種類の物が散らばっているんですよね。ペンやハサミなどの文房具類や、ピンなどのお手入れ用品が特にそう。
母も同じで、なぜかマニキュアと同じ場所から画鋲ケースが出てきたり、薬箱の棚からビニールテープが転げ落ちてきたりしました。
また、なぜか同じ物がものすごく沢山あったりするのも同じ。血か(´ρ`)

私の場合、この間確認したらホチキスの針が4ケース出てきました。何をそんなに閉じるのか?(゜д゜) と問い詰めたい・・・。
まあ、昔薄い本を作っていた時代の名残なんですけどね。これまで私が接してきた片付け法では「新品を捨てる」という感覚を知ることはなかったため、この針たちは何年も生き延びて来られたわけですね。ほとんど使われず、全く減らないまま何年も・・・(´ー`) 一箱だけ残して捨てたよ!(゜д゜)

実家で同じように大量にあったのは、棚の奥に押し込められていた薬箱を開いた時に溢れ出て来た包帯でした。
・・・家庭に常備の包帯って使うシーンが物凄く限られますよね・・・。そもそも包帯を巻くような機会自体、これまでの人生で数えるくらいしか経験がないんですが。今のところ私より遥かに健康な両親です。包帯を家庭で頻繁に取り換えるような事態は考えにくい。
しかも、そんな「片付けられない人の適当な収納」状態でぐちゃぐちゃと入っているわけで、清潔に保管されているとは程遠く、実際使う状況が訪れても明らかにこれは選ばないよね・・・絶対何か別の菌に感染するよね・・・というシロモノ。
新品だったりケースに入っていたり明らかに清潔なもの以外ほとんど捨てました。


そんなわけで、片付けしている以外はどこへも行かず大体実家で身内とまったり過ごした帰省だったんですが、せっかく実家に一人で帰っているのに疲れすぎていたためなのかよく眠れないという状態になりまして。
諸事情あって自宅を出る時から疲れていた上にその初日が色々ハード過ぎて、その影響がずっと響いたという感じなんですが、こういうのも齢というか、(※私の性格や体質込みの)老化の一種という気がしましたね。今までも、あまりに心身が疲れていたりするとすごく寝たいのに目が冴えて寝付けない・・・というような経験はあるんですが、寝付いたのに3時間くらいで目が覚めてしまう・・・ということは今回初めてでした(´д`;)
どんなに疲れて神経が高ぶっていても一旦寝付いてしまえば後はすっきり目覚めるまでぐっすり眠れていたんですが、それが、寝付いてもほとんど眠れないとは・・・。
昔、いつだったか何の場面だったか忘れたけれど割とお歳を召した人に「いくらでも眠れるっていうのも若さのうちよ。年をとると疲れていても長く眠れなくなるの」と言われた記憶を思い出しましたね。
その時は「へえ・・・そういうこともあるのか。でも私はロングスリーパーだからまずそんな日は来ないなー」と思いました。

ここ最近、自分が中高年の領域に実際入って初めて感じることがすごく多くて衝撃の日々なんですが、こういう肉体的な変化も軽いパラダイムシフトを引き起こすレベルです。

 

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在りし日の彼。
可愛く綺麗な猫でした。
たっふりとした重みが成猫好き(※私)にはたまらないコでした。
小心者でいつも気が立って休まらず、怯えながら常に威嚇しているようなコでした。
子猫の時からポヤポヤした毛をいつも逆立てていました。
彼には不本意かもしれないけれど、そんな姿に実は私は自分を重ねたりしていました。弱い自分を守るために常に周りを警戒し、威嚇していないと生きられない。

今は伸び伸びと、温かく明るい場所でゆったり寝転んでいて欲しいです。
もう何にも怯えなくていいんだよ。安心して休んでね。



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