願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

【断捨離】未練に別れを。~もう使わないマタニティ・育児用品にさようなら

一台目ベビーカーとベビーサークルを捨てることにしました。

f:id:manmaru14:20120523184308j:plain
↑ベビーサークルはこれ。この息子はまだ11ヶ月の頃。可愛い・・・(´∀`∗)(親バカ)


 まだ使えるし綺麗なので本当は譲りたかったんだけど、何しろどちらも物が大きすぎてオークションに出すのも億劫、それ用に写真を撮るのすら面倒、ジモティーに出して必要としている人にタダで使って欲しいとも思いつつやっぱり面倒・・・で、捨てることにしました(´・ω・`)
もったいなくて辛いけど、もう今後絶対使わないから仕方ないんだよね・・・
使わないから物置に入れていました。

赤ちゃんのいる友達が出来て頻繁に遊びにくるとか、近い将来身近な人に子供ができる予定があるとかならとっておくんだけど。
妹が二人いるけどどっちも子供を生む予定は当分ないし、赤ちゃんのいる仲の良い友達も今のところ出来る気配もないわけで。

・・・というか、本当は何より、私自身の「二人目」への未練が捨てられなくさせているんだろうなーと思う(´・ω・`)

私は不妊治療をして36歳で初産で息子を産みました。
私は子供が好きで、本当は複数人子供が欲しかった。でも貧乏だから、現実的に考えて一人が精一杯、二人目を望むことは無理だと判断しています。
子供ができなくて落ち込んで荒れていた時期の自分や、子供が欲しいけれど様々な事情で持てない人の気持ちを思えば、一人でも授かれたことは奇跡で、感謝しなきゃいけないことなのはよーく分かってるんですよ?(´д`;)
・・・でも、そのことと、自分の素直な感情というものはやはり別で、特に今息子の通う幼稚園では上か下にきょうだいがいるお友達がほとんどだったり、子育て地区だからなのか近所を歩いていてもほとんどの親子が複数子供を連れて歩いているんですよね・・・そういうのを日常的に目にしていると、「どうしてうちだけ一人しか子供を持てないんだろう」って、言いようのない悲しみが襲ってくるわけですよ。
どうしてうちはこんなに貧乏なんだろう。どうしてうちは一人っ子なんだろう。
しかし、実際は稼げない男(ひどい!)と結婚したのは私の責任であり、なによりも自分が稼ぐ能がないというのが一番悪い(ほんこれ!)のに、我が身の不幸を嘆くというね・・・なかなかにダメ人間でしょ?☆(´ー`)・・・と恥を晒したところで、気持ちが落ち着くわけでもなくw

こういうの、子持ちをこじらせてるって言うんですかね?分かりませんが。
持っているものに満足と感謝をせず、持っていないものに夢想して落ち込み、溜息をつく欠陥人間なんですよね。
アーヤダヤダ・・・(´ー`)

これまでは「宝くじが当たったら子供をもう一人作る!」と思っていて、隕石が当たって死ぬ確率より低いとは言えですね・・・くじを買い続けている限り可能性は0ではないわけで、それにすがるような気持ちで大きい育児用品は何とかとっておいたんですが、節約と生活のダウングレードにしたがってあらゆるくじの購入を止めました。
・・・するともう、何一つ、すがる希望がなくなったんですよね・・・竹藪に一億円落ちてないかな(゚д゜≣ ゚д゚) 的な空想の領域以外。

辛いけど、現実を受け止めなきゃいけない時期が来てしまったんだ・・・的なですね・・・(´ー`)
松谷みよこさんの名作『ちいさいモモちゃん』シリーズで、モモちゃん(だったかアカネちゃんだったか忘れてしまいました)が、今まで仲良くお喋りしていた靴下とある日突然話せなくなっていることに気付く、みたいな話があるんですが、成長して、もうあらゆるものと意思疎通できる無限と夢幻の赤ちゃんの時代は終わった・・・みたいな描写がとても切なくて初めて読んだ時に号泣したんですが、そんな感じというか(分かりにくい)。
 

モモちゃんとアカネちゃんの本(1)ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ)

モモちゃんとアカネちゃんの本(1)ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ)

 

 

この世で生きていく限り、自分が望む全てを叶えることなんてできないですよね。

私は日頃ここでもリアルでも金金うるさく(迷惑)、「金持ちですか!貧乏ですか!金さえあれば何でもできる!」(猪木さんには申し訳ないレベルのパクリ)的なことを散々書き散らかして言ってますが、いくらお金がある人だってできないことはできないわけで、そういうものはある。そういう意味では金のあるなしは関係ないわけで。

誰だって、そう。
自分の思っている全てを理想通りに叶えることなんて、できない。

強く望んでいるものほどそれを諦めるのは辛い。それが他の人は簡単に手に入れられているものなら尚更、その理不尽さはかなりの苦痛です。

でも、それはもう仕方ない。
その代わり、自分だって他の人が望んでも手に入らない何かを持っているのかもしれない。

だから、自分は自分に今あるものを受け入れて、それに感謝して生きていくしかないのです。

・・・そんな決意をこめた決別として、処分することにしました。
グレコのベビーカーは4万円近く(トラベルシステムでカーキャリー付き)、ベビーサークルは1万円近くしたけど、当時はどうしても必要なものだった(当時自家用車がなく社用車を私用に使えたので脱着容易なベビー用カーキャリーが必要だった)し、充分使ったし役に立ってくれた。

必要な物はその時々で変わっていくんですよね。結局生きている人間の生活なんて。
一生モノはない、と、断捨離を始めてから、色んなブログを参考にもさせてもらって気付いたことですが、本当にそうなんだよなーとしみじみ痛感しています。
子供がいると余計にそうですよね。
特にベビー用品は、私もこれでも購入した時点でちゃんと「使わなくなったら捨てることになるけどそれは仕方ない」と納得して買ってたんですよ。なのに、いざ処分するってなったらご覧の有様・・・結構キツイです。

未使用や綺麗なマタニティ用品やベビー服なんかも今回また整理して、本当に誰かにあげられそうなものをほんの少しだけ残して処分しました。

二台目ベビーカーのマジカルエアはまだたまーに出番があるので(花火大会とか長い距離を歩いたり長時間並んだりするようなイベント時に)もう少し保持します(´ー`)




広告を非表示にする