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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「相棒は薫ちゃん!」と「古館氏に同意!」という思考

こんにちは。石です。アホみたいに暑い日が続いていますね・・・。気付けばうっかりもう夏休みです(幼稚園の)。
記事は下書きだけが加速度的にどんどこ溜まっていっていますよ・・・。
前に書いた通り息子の夏休みが終わるまでなかなか更新できなくなってしまいそうな雰囲気なんですが、定番の芸能関係の軽いネタでもあげときましょうかね・・・(´∀`)

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『相棒』の新相棒が反町に決まったらしいですね。フーン(AA略)という感じ。
私は初代薫ちゃん派なのでまあ彼が戻って来ない限りどーでもいいんですが(無理なのは分かっている)、強いて言うならやはりできれば反町相棒には薫ちゃん的役割を期待したい。

・・・だって、いいですか?二代目以降の相棒ってぶっちゃけ純粋な「相棒」じゃないじゃないですか(゜д゜) ミッチーはスパイだし、カイトはシリアルキラーだったわけで・・・。

ないでしょ、そんなバディ・・・(つд`)

長いシリーズの中のエビソードの一つなら分かるけど、「バディもの」なのに、その肝心のバディが純粋なバディじゃないシリーズがまるまるあるって、どーなの?って思う。

薫ちゃん、つまり寺脇相棒だけが、「タイプが違いながらも心から信頼し合える」正当なバディだったと思うんですよ。

決してミッチーやカイトの『相棒』が悪かったと言いたいわけではないんですよ? ミッチーシーズンも良作は多いし、話としては全然悪くなかったと思う。・・・って私カイトシーズンはオーラス回しか見ていないんですが(全話録画はしてたんだけど観る余裕がなくてそのうちなんて思ってるうちにあんなラストを迎えたので失望して全部破棄した)。
でも私にとってはどうしても薫相棒の右京さんとの対等さ、正義感、熱さ、というのがバランスとして一番良かったと思えるんですよ。
無印の警察官という設定がまずいいよね。
ミッチーはそもそも上のスパイだし、カイトなんか偉いさんのジュニアでしょ。薫ちゃんの時にはいた岸部官房長がいなくなった代わりの上層部とのコネクション役を設定しなきゃいけなかったんだろうけど、安直というか。そもそもなんで岸部官房長を消したの?俳優ご本人の意向じゃなければ愚の骨頂だとしか私には思えないんですけど・・・。

それから、薫ちゃんシーズンは恋人の美和子も良かったですよね。演じた鈴木紗羽が役にぴったりハマってて、それも実に良かった(´∀`)
制作陣もそれは思っていたのかカイト相棒で再びいやに老けた恋人(ひどい)が登場しましたけど、全くの役不足(注・誤用の方)という印象でした。

薫ちゃん時代の『相棒』の良かったところは、全体的にメインキャラクターがきちんと大人だったと感じる点です。薫ちゃんはもちろん美和子も、環(小料理屋の右京の元嫁)も、みんな自分の行動や生き方に一貫したポリシーがあったというか、それによって生じた状況に対して責任と覚悟をきちんと持っているような肉づけがされていたと感じるのです。
それが、相棒が代わる度にどんどんそれが減っていった。ミッチーはコウモリ状態(鳥なのか哺乳類なのか的な。・・・ってコウモリは哺乳類だけどねw)が長いし、頭が良い設定にしては考えが全然足りないし、カイトに到っては単なる小僧(ひどい)だわ、結果的に短絡的なシリアルキラーだわ(この終わり方はドラマ界に残る最悪なやり方だと思う。誰があんな糞展開考えたんだろう)、石坂は薄っぺらいわ・・・

どーでもいいんですが、このカイトの終わり方って推理物の十戒?とか何とかの則?に反してたりしないんでしょうか・・・
参考:wikipedia:ノックスの十戒 wikipedia:ヴァン・ダインの二十則

・・・まあ新相棒、仲間由紀恵とかいわれてましたけど、いいんじゃないでしょうか。どんどん新しいことをやるよりもここらで一旦原点回帰しといた方が。
『相棒』という作品の良さを再確認できるようなシリーズになることを願っています(´ー`)


さて次の話題です。
又吉が芥川賞をとったらしいですが、こちらもフーン(AA略)。

いや読んでいないんで批判しちゃいけないんですが(今のところ読む予定はない)、ほら、私って人間としては結構下の方にいる狭量で偏屈な天邪鬼じゃないですか・・・。
なのでもともと「大衆に人気がある・話題性がある作品=文学として価値がある作品」とは全く思っていないんですよね。なので今回の "一躍ベストセラー作家" 芸人・又吉の受賞はもともと何となく好意的には見られないという前提があります(狭量偏屈天邪鬼)。

こっちも詳しくは知らないんですが、これに関して古館氏が本屋大賞とどう違うのか」的な感想を述べたと知って、そう思うのも致し方ない罠と思ったんですが、世間では叩かれてるようですね。・・・まあ見当違いの言論弾圧の甚だしい今の日本で、たけしや談志や爆問太田的な「過激発言が想定内」ポジション以外の著名人がそんなセンセーショナルなことを言ったら叩かれるのは当然かもしれませんが(今の日本本当にこわい・・・)、私は古館氏の発言には何となく同感です。

ところで古館発言への批判で「本屋大賞を貶めている」というのを目にしたんですが、むしろそう感じることの方が本屋大賞を下に見ているってことじゃないのか?と思ったんですが、どうなんですかね・・・(´ρ`)

古館氏の真意は分かりませんが、私が同感だと思った理由は「純粋に読んで面白いものを選ぶ」という「人気大賞である」本屋大賞と、「純粋に文学としての価値を審査し、その優れたものを選ぶ」という「人気は全く無関係である」芥川賞というのは本来別物ではないか、という点です。
要するに、本屋大賞作品はきっと誰がどれを読んでも大抵は面白いと感じるはずですが、芥川賞作品は面白いと感じるかどうかはかなり微妙だってことです。
芥川賞は「文学としての価値」を「専門の文学者・それなりの作家」が吟味して決めるものであって、「面白いかどうか」は入らない・・・と私は認識しているんですが、違うんですかね?
「面白いかどうか」が入るとすれば直木賞の方ではないでしょうか。

ここまで読んで「それは又吉の『火花』には文学的価値がないということを前提にしてるよね、酷くない?」と思われたらその通りで、謝ります。ごめんなさい。
そもそも私は村上春樹の良さもさっぱり分からないという人間なので、当てになりません。特にあの世界的ベストセラー『ノルウェイの森』に到っては私の人生で唯一「読んだ後に何も残らない、時間がまるまる無駄だった」と衝撃的呆然を感じた本であったりして、かなり世間一般の感覚とはずれがある。

でも『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は面白いと思ったし、『ねじまき鳥クロニクル』も持っていたりするんですけどね・・・。

多分ハルキストが愛して止まない部分である(多分)虚無的なセックスとセックスとそれでも埋まらない虚無感と自殺とセックス・・・みたいな世界観(適当)が気持ち悪くてしょーがないんです。とにかく『ノルウェイの森』は中学生の脳内妄想を高尚っぽく書いたらこうなりました!って話にしか感じませんでした。断っておくとそういう話はそういう話で全然いいんですが、それを「妄想エロ話を書いたよ!」じゃなくて「高尚な文学だよ!」みたいな顔をしてるから腹が立つんですね(身勝手な怒り)。
渡辺淳一の気持ち悪さに通じる「ファンタジーを現実として描いちゃってる気持ち悪さ」です。失楽園』と『ノルウェイの森』は私の中では同じカテゴリーですよ。夢見がち男の脳内妄想ワンダーランド。
まあ渡辺淳一はまだ「男のロマンてしょーがないよね」的可愛げがあるので許せるんですが。・・・って何様だ。
セックスセックスの似たようなテーマで同じ村上でも、村上龍の方は迫ってくるものが違うというか。理解はできないけどその切迫感みたいなものは伝わってくるというか。だから『限りなく透明なブルー』とか好きです。それが何かはわからないんだけど、とにかく何かが胸に残るというか。


まあ私なんて文学のことは分からないので気に障った方がいたらすみません。
何と言っても私は三島由紀夫が16歳で書いたというデビュー作『花ざかりの森』が難解すぎて最後まで読めなかった人間ですからね・・・。たった数ページの話ですよ。「分からない」ならまだしも、「最後まで読めない」って何さって話ですよ。
・・・なので『火花』もきっとそれなりにちゃんと名作なんでしょう・・・私は読むことはないですが(しつこい)。
とにかく私は古館氏が言ったことは私なりに分かるなーと思ったよ!という話でした(´∀`)

小ネタのはずが3千字超えでどっと疲れ、どっとはらり・・・


 

 

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ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

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