願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

相性と諦めと感謝

先週書いた記事です。 

manmaru14.hatenablog.jp


実親への恨みつらみ、そして悩みについてはこれまでも沢山書いてきた。

 

manmaru14.hatenablog.jp 

manmaru14.hatenablog.jp 

manmaru14.hatenablog.jp 

manmaru14.hatenablog.jp 

manmaru14.hatenablog.jp

 


露悪的とは良い風に言い過ぎだけど、悪いことを書きすぎました。

いや・・・普通のことも書いてきたか(´ρ`)

 

manmaru14.hatenablog.jp

 貼るまでの記事でもなかったが。


どちらにせよ、悪い人たちではない。
20歳を過ぎるまで、いや、27でカウンセリングを受けるまで、私は父が好きだった。もっと言えば結婚し息子が生まれるまで、母のことも好きだった。
いや・・・その間にも複雑に感情は変化してきたし、更に言えば今でも好きだし大切な存在に変わりはない。

散々書き散らかしてきて何だが、こんなとこでどんなに吐き出しても、もしくは本人たちに対して思いをぶつけても、何にもならないことはよく分かっている。
もし両親が私の思いを理解し、自分たちのしてきたことに気付き後悔したとしても、やり直すことはできないのだ。過去は戻らない。

仕方のないことだと思う。

感情を吐き出して、残った冷静な思いを見つめる。

私(私たち姉妹と言ってもいい)と両親とは相性が悪かったというのはあるだろうなと。
細かいことを気にしない、いなかっぺ大将みたいな男の子だったら、こんなことにはなっていなかったかもしれない。
もしくはずうずうしく、わがままで、どんどん要求しおねだりし甘えられるような性格だったら。

私は繊細で感傷的で早熟で気が弱くて内向的で小心者でモラリストだった。何より恥を嫌い、他我の尊重と謙虚を美徳としていた。
そして女だった。

これはちょっと思ったというだけの私の勝手な独り言だが、家庭には「女を育てるのに向いた家庭」と「男を育てるのに向いた家庭」があるような気がする。
男女問わず素晴らしい子育てのできる家庭、男女問わずそもそも子育てに向かない家庭、があることはもちろん前提で。
私の実家は少なくとも「女を育てるのに向いた家庭」ではなかった気がする。少なくとも、私が男だったらここまでおかしなことになっていないように思えてならないのだ。
・・・まあ、わからないけどね(´ρ`)

諦めるということは前向きな力だ。

どうにもならないことを受け入れ、その執着という呪縛から離れ、新たに飛び立つこと。

私の両親は、私にとっては良い親ではなかった。私の求めるものは与えてくれなかった。自分への肯定感、愛されているという満足感と安心感、そして未来への勇気とそれを支える自信・・・人生を一人で歩いていくために必要なそんなものたちを。
でも、両親は両親なりに精一杯してくれたのだろう。
そもそもあの時代、今のように「自分たちは子供を育てる資格がある人間か」なんてことを考えて子供を作る人なんかほとんどいなかった。
みんな結婚したら子供を持つのが当たり前で、当たり前だから深く考えることなんかなく子育てしていた。
それが一般的だったんじゃないかと思う。

私が生まれたのはたまたま両親のところで、両親の価値観で育てられた。

それはもう諦めるしかないんである。

大学に行けず、もっと言えば美大や専門学校に行けず、投資をして貰えず、大人になったこと。
父の気に喰わないと頭ごなしに怒られ、友達の前だろうと関係なくお尻を出されてぶたれたこと。
それは仕方がないのだ。
もっと大変な環境に生まれた人はいる。
誰も生まれる環境と家庭と親との相性を選ぶことはできない。

「してくれなかったこと」を全て諦めたら、後は「してくれたこと」への感謝が残るだけなんじゃないか。

今朝、シャワーを浴びながらそう思った。

「してくれなかったこと」への執着と未練を捨て、「してくれたこと」だけに感謝する。
そうやって生きていきたいと強く思う。

私の人生は私のものだ。
いつまでも親への恨みに縛られて自由に動けない、息子をきちんと愛せない。
そんなのは嫌だ。
私は私のものだ。
私の心は私のものだ。

自分の心を変えていけるのは自分だけなのだから。

f:id:manmaru14:20150511140554j:plain





広告を非表示にする