願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「一度きりの人生」だからこそ無駄にする。

ふと思ったこと、独り言です。(基本的にこのブログは全部独り言だけどね・・・(´ρ`;)

私はつくづく貧乏性というか損な性分というか「今を今なりに最大限楽しむ」みたいな考え方がもう全くできない人間なんですが、最近、「ホワイトカラー」(天才詐欺師がFBI捜査官になる海外ドラマ→wikipedia:ホワイトカラー (テレビドラマ))のシーズン4を見ていて、ニールやサラやアレックスみたいにアグレッシブに生きられたらいいのになー、でも自分には絶対無理、でもニール達は「一度きりの人生なんだから思い切り楽しみたいし思い切り挑戦してみたい」と言うだろうし思ってるんだろうなー・・・とぼんやり考えたんですよね。

そしてその時に思いついたことなんですが、「あ、きっと私はむしろ一度きりだからこそこんな風に人生の時間を無駄にできるんだろうな」と思い当たったのです。思いついたのか思い当たったのかはっきりしろって感じですがw(´ρ`)

もし人が二回生きられるとしたら。

命が二個あったら。
少なくとも二個目の人生は最高のものにしようと、物心ついてからまっしぐらに動き出すんじゃないか。
というか、大抵の人は二回目の人生に賭けるため、一回目の人生は無駄とはいわないまでも準備に充てるようになるかもしれない。だが、それもある意味目的のための充実した人生ではある。

付ける薬のないレベルの無気力ぐうたら諦め人間の私だって、もう一回生きられると知っていたら、今からでも「未来」に向かって動き始めるだろう。
一日一日が惜しく、眩しく、意味のあるものに生まれ変わるだろう。

・・・だが、現実の私にはそんな未来の時間はない。
健全な精神を育まれて来なかった私がここからやり直すには何もかも遅い。少なくとも「若さ」は決して戻らない。

もちろん、人生は何度でもスタートややり直しはできる。本人の気持ち一つで。
たった一度の人生の価値を決めるのは自分自身だけだ。

だが、私にはできない。私はそれはできない人間だ。少なくとも今は。

(だからこれは私に限った話だ。)

だから私は、きっとたった一度きりの人生だからこそ、こうして無駄にしているんだろうな・・・と思ったのです。
「ああ、無駄にしてしまった」と悔やむ、その後悔の感覚が、私にはどうにも遠いのだ。
どうしてもピンとこないというか、分からない。
死んでからももしも意識があったなら、その時に初めて分かると思う。

一度きりだからこそ、その体験の価値が分からない。

一度死んだら、もう二度と命の世界には戻れない。

だからこそ、「たった一度きりの人生」を無為に過ごすことの恐怖を知らないのだ。

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ちなみに「ホワイトカラー」シーズン4はテレ東のランチチャンネルで毎日放送していた「CSI NY」ファイナルシーズンが終わって始まったものをそのまま録画していた流れで見た。それ以前の「ホワイトカラー」についてはDlifeでシーズン3だけ途中から視聴していた。
CSI NY」はシーズン1の最初の方で一旦見るのを止めていたが、ファイナルシーズンがとても良かったのでまた続きを見たいと思っているところ。ちょうどMXで週一でシーズン1からの放送が始まっていたので今後の2以降のシーズンの放送も楽しみにしている(´∀`)

CSI NY・・・ 

CSI NY その後。