願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

女やめたい。

※意味深なタイトルに見えてしまうかもしれませんが単なるいつもの愚痴です。私の半分は愚痴でできているので愚痴記事は避けて通れませんが、読みたくない方はもちろんスルーしてください(´ρ`∗)ノ

安西先生、女をやめたいです。

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 つくづく女をやめたい、とはっきり思った時、「女が男より優れている」という命題の表面的な答えに行き当たった。

私は女に生まれて来たいと思って生まれてきたわけではないので(誰もがそうだが・・・)女であることに強い不満がある。
なぜなら女の方が圧倒的に「めんどくさい」と思っているからだ。
逆にめんどうな方が面白い、と考える人は女に生まれてみてもいいかもしれない。

何がめんどくさいかってまずその肉体。生理があることが一番めんどくさい。
男性には絶対に分からない肉体の不快・そしてそれによるメンタルの不快が毎月、排卵期と併せると二回ある。
私はPMS気味でもあり、排卵期もお腹が痛く不調になるので、一ヶ月のうちホルモンに起因する不快な症状が全くない期間が一週間程度しかない。
もうこの機能は使わないんだからさっさと閉経して欲しい・・・。と毎月イライラする。

そして結婚した時も思ったが、女だけが環境が変わる。しかもそのことは当然とされ、問題にならない。
まず名前が変わる。
苗字が変わるのは結構キツイ。自分のアイデンティティーが揺さぶられる。だけどそのことはほとんど問題にならない。女性が生涯同じ苗字を持ち続ける権利は認められていない。

そして妊娠・出産の苦痛・苦労はいわずもがなとして、子供に関するほとんどの雑事をこなすのは女親だ。
息子は幼稚園に入ったが、それは私にとっても同じだ。母親は子供と一緒に入園・入学する。新しい環境に入るのは子供だけじゃない、母親もなのだ。
大抵、子供自身の事務作業は母親の仕事だ。煩雑な行事や提出物の予定を把握し、それに慣れること、教員や他の母親たちともうまく付き合うスキルを強制的に求められる。

要するに、(日本では主に)女だけが変化への順応を強制される。

それが当然なので、それがうまくできないと必然的にダメ妻、母親失格の烙印を押されてしまう(周りが押さなくても自分自身が押してしまう)ことになる。

しかし、結婚しても、子供ができても、子供が入園・進学しても、男性側はぶっちゃけほとんど変化しない。
婿入りしない限り名前も一生変わらない。
仕事も変わらない。
転勤があって職場が変化したとしても、それによって生きる環境の何もかもが変わる妻側の変化には遠く及ばない。
男性に求められるのは「仕事をする」もしくは「金を稼いでくる」能力、ぶっちゃけこれだけだ。これができない時だけ男性は自分の存在危機に立たされる。
壮年になってから会社をリストラをされて自殺してしまうほどに追い詰められる男性は、この見方によると当然とも言える。彼らはそれまで、そこまでの自身の危機に立たされたことがないとも考えられる。幸運にも、社会的存在価値を脅かされる危機をこれまでに経験したことがないのだ。そういう見方をした時には、それは女からすると甘っちょろいわ、と言いたくなる。
(※書くまでもないことですが念のため、仕事を失い自殺するまで追い込まれる男性の責任感の重さ、苦悩の大きさを軽く見ているわけでは決してありません!あくまで一つの見方をすると、という限定された話の表現です)

男性には、「その能力」がない。
強制的な変化に耐え、順応する能力がない。簡単に壊れてしまう。
だから変化しない表舞台を演じるしかなく、裏でさまざまなことを同時にこなす役割を女に押し付けた。
きっと男性は良く喩えるならダイヤモンド。ダイヤの刃だ。
表舞台で華やかに輝くため、磨けば磨くほど光る。硬く強く頑健。敵からの攻撃に耐え、侵入させないように守る。だが硬さは脆さだ。傷はつきにくくてもポッキリ折れやすい。
女は・・・って、やめておく。こんな喩え、古今東西腐るほど転がっている。女はしなやか、とかいう喩えで。一見傷つきやすいが壊れない、そんな感じで。それをこんなとこに書くのはケツの座りが悪い。同感する気持ちはあるが、しかし何より私自身が女でいたくないほど女に順応できていないのだ。ヘソで茶を沸かすw


はあ・・・こんな愚痴を書いたところで何にもならないことは分かっている。でも書かずにいられないのだ。男性の方、気分を悪くさせてしまったら申し訳ありません。めんどくせーなと思ってスルーしてやってください。女ってめんどくせーんですよ。ほんと。そんな女に向いていない女って、辛いんですよ。男に向いていない男もいるでしょう、きっと。その辛さと同じです。
関係ないんですが、昔、世界あちこちを旅行している友人に聞いた話なんですが、キムチ嫌いな韓国人というのもいるらしく、日々地獄だと言っていたそうですよ・・・。そんな感じでしょうか。

私は今更男になりたいわけじゃないし、性同一性障害でもない。

でも、どうにもならないから愚痴を吐くしかないのだ。

私には・・・女の職業ができない。
終わりなく続く家事という仕事をこなし続ける能力がない。
母親として子供の関係の人付き合いをストレスなくこなす能力がない。

変化は苦痛でしかない。

今、すごく辛いのは、家事。
突然現実的な話になってあれですが、特に私を悩ませているのが台所仕事です。料理を作るのが、台所にいることが、苦痛で苦痛で仕方ない。それは今住んでいる家の台所のせいもある。シンクやコンロ下にある収納が全て一切使えないのだ。
臭くてww(つд`)
管理会社にこれまで三度言い、そのつど色々してもらったんだが、結局全く解消されず、もう諦めた。多分もう取れない、内部に染みついている匂いなんだと思う。清掃すると直後は匂いは完全に消えるんだよね。でも夜になったり次の日にはもうしっかり復活してるの・・・。
収納が使えないので当然そこに本来しまわれるべきものは全部外に出ることになる。
鍋やフライパンはもちろん食品などのストック、ゴミ袋や洗剤などの台所消耗品、調味料、米・・・そんなもの全てが我が家では「外」に出ている。
当然見た目はよろしくない。いくらきれいに片付けようとしても限度がある。余計な収納が必要でそれが幅を利かせ、シンプルにしたくてもできるわけがない。普通の家庭では「中」にしまわれて本来見えないはずの何もかもが全部「外」に出ているのだから。

加えて、これはずっと書いていることだけど、我が家は貧乏なので料理に楽しさを見出す隙が1ミリもないってとこ。
限られた食材で栄養と味とバリエーションの組み合わせを考え尽くして作る義務作業であって、これが苦痛で仕方ない。
何せ私自身が私の作ったものをもう食べたくないという末期症状に陥っている。飽き飽き。自分で食べたくない物をどうやって美味しく、モチベーションを保って作れるんだろう。わからぬ。
いや義務だからやっているけど、本当に苦痛。

裕福な人の料理好きなんか信用しない。
いくらでも食材が買えて産地も選べるなら、料理なんて楽しいに決まってんじゃんwwww(´ρ`)
真の料理好きは貧乏になってから発揮される。
私も昔は自分て料理好きだと思い込んでいた。ウケるよね。本当は違った。今は料理なんか一つもしたくない。レシピ本なんか見たくもない。必要な食材の値段と産地の選択で頭が爆発するわ。



ああ・・・できれば眠ったまま人生が終わって欲しいと昔から思っていたけど、今もずっと思っている。
この世界は私には難易度が高すぎるよ。

苦しいような切ないような夢を見ると余計に感情が引きずられる。
大体そんな夢しか見ないんだけどね。
夢っていいよね。自由で。
昔から夢を見ることが好きで、それだけがストレス解消だったよ・・・。
こんこんと眠り、夢を見ることだけしていたい。私はロングスリーパーで、平常時でも10時間眠ってやっと普通の人と同じように動ける。朝9時からの勤務だった時は19:30には布団に入っていた。

思ったんだが、強く夢想することは人生を諦めた人間だけがすることなのかもしれない
諦めていない人間は夢想する必要がない。

私は子供の頃から、夢想していた。そしてその夢のどれもが永遠に夢のままであることを知っていた。
現実にならないことを、自分には現実になんてする力はないことを、知っていた。
以前も書いたが、私は当時から既に人生を諦めていた。

私は死ぬことが怖いが、永遠に覚めないあの夢の中にいられるとしたら、死ぬことも受け入れられるかもしれない。
最近そう思う。


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