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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

インナーチャイルドとわたし

自分語り 育児 ボーダー(境界性パーソナリティー障害)

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一番は、現実の生活に小さくない支障をもたらしているということ。
外出ができない。
近所への散歩や買い物は平気だが、それすら時期によっては準備がいる。冬の寒い時期と真夏の暑い盛りはお腹にカイロを貼らなくては冬は外にいられないし、夏は建物内に入れない。
私は年季の入った下痢症。
下痢になるかも、と思うと出かけられないから下痢恐怖症といった方が近い。
恐怖によって更にお腹の調子が悪くなる。
旅行などに行くと一転全く出なくなるから、間違いなく過敏性腸症候群なんだと思う。

それと併発してパニック障害がある。
でもこちらはデパスで落ち着くので大丈夫、下痢の恐怖に比べればまだ比較的コントロールしやすい。

以前一度だけかかった精神科で「どうして自分だけこういう症状が出るんでしょうか(他の大多数の人はないのに)私の心はどうしてこんなに弱いんでしょうか」と涙ながらに尋ねたことがある。
女性医師の答えは、「弱いわけではなくて、普通の人に普通に備わっているストレスを排出する経路というようなものが、何らかの事情できちんと作られてこなかったんでしょう、だからうまく排出されずすべてが溜まって体に症状として出るのでしょう」というものだった。
そこは薬メインの治療だったしなんか冷たい感じがしたのと、貰った薬が効いたこともあり以降行ってないのだが、その言葉にはとても納得した。

ストレスを排出する経路、普通は生きていくうちに自然に何となく作られていくのだそう。
でも私の場合はそれがうまく作られなかった。

そうなんだろうなーと思う。

私は生まれつき見た目に見える病気があり、それで小学校の頃はいじめられた。
学校に行くのが嫌で仕方なかった。
見ず知らずの他人に指を差され、何かをひそひそと言われる。笑われる。
そういうことが頻繁にある。そんな経験ありますか?小学生の女の子がですよ。
顔も知らない他学年の男子がわざわざやってきて、「お前ヘンなんだってな」と言って行く。
どうしてそんなこと言われなきゃいけないのだろう。私が悪いわけじゃない。私の病気があなたに何か迷惑をかけているのだろうか。

「私はあなたに何もしていないのに、どうしてあなたは私を攻撃するのですか?」

恐ろしいのは、私の心がその頻繁に起こる突然の不意な攻撃にどこまでいっても、何度経験しても、一切慣れないということだった。
言われたその分だけきちんと傷つき、突然またどこかで攻撃されることに怯える。
恐怖は薄まらず、増していくだけなのだ。

「どうして私だけがこんな思いをしなければならないのだろう?」

こういった気持ちがわかるだろうか。もちろん経験した者でなければわかるわけがないが・・・。
もしあの時デスノートなんかがあって私がそれを持っていたら、全員殺していたかもわからんよねw(´ρ`)
それくらいの破壊的な憎しみと悲しみが私の心に溜まっていった。

でも、現実には何も破壊する力なんかないわけだ。
だから、幼い私はせめてもの抵抗として、気付かない振りをした。全然平気な振りを装った。
本当は泣き出したかった。泣いて、逃げ出したかったけれど。

いじめられるから学校に行きたくないとやっとの決意で打ち明けた時に、私の母は確か仕方ないというようなことを言ったと思う。正確な言葉は覚えていないんだけれど、それは仕方ない、私は病気を持って生まれて来てしまったんだから、しょうがないんだと。
どんなに辛いと訴えても何にもならなかった。仕方のないこと。自分で何とかするしかない。気にしなければいい。そんな感じだった。

今となればよく分かるが、私はただ受け止めて欲しかったんだと思う。
仕方ないなんて、当人である私が何より分かっている。誰にも代わってもらえないし、代わって欲しいなんてそもそも思っていない。
ただ、私が辛いという事実を認めて欲しかったのだ。
辛いね、嫌だったね、って言って欲しかった。分かって欲しかった。
抱きしめて欲しかった。
私は頑張っていると認めて欲しかったんだと思う。

それをされなかったせいで、私は自分はまだまだ頑張っていないと考えたのだろう。曖昧。(なんかもうどーでもいい)
だからもっと頑張らなきゃいけない、と無意識に思うようになったのだろう。
曖昧、「・・・だろう」、というのはもうよく覚えていないからだ。どっちみちほとんど無意識下の思考なので私自身にも推測するしかない。

両親は、多分悪くない。私が生まれた時から治療に尽力してくれた。大変だったと思う。
妹たちも、私が入院をしたり遠くの大学病院へ通院をしたりするので親は私に付き添ってばかりで、寂しい思いをさせた。

だから、私は「辛い」なんて思っちゃいけない。病気のない妹たちを羨んだりしてはいけない。

でも、私は辛かった。

誰と比べるものじゃなく、私は辛かったのだ。
でも、そのことは思うことすら禁止されていた(私自身によって)

自由意思を禁止・規制すると、人は壊れて行く→

「自分の中にない理想の人」に本気でなるのは苦しい 

心は自由。人は醜く、美しいもの。


生まれてすぐから、何度手術を受けたかわからない。輸血も受けたので、私は献血をすることができない身体だ。
15、16、17と私の人生暗かった・・・という歌じゃないが、たった三年ならいいじゃない(よくはないか、ごめん)、私は小学校からハタチを大分過ぎるまでずっと闇の中のようなものだった。
当時はそれが当たり前だったからそんな風にはあまり思っていなかったけれど。自分が全て悪いのだろうと思っていた。

そういう心理状態で過ごしていると、生きていることがそもそも苦痛になっていくんですね。生きること、日々の生活を送ること、それ自体がもうとんでもなく苦痛です。後になって自分自身はっきりと気付くまで、それが苦痛だと認識していたわけじゃないんですが(誰もがそうでその状態が当たり前なんだろうと思っていたから)。
蛇足だけど、もちろん心から楽しいことなんて一つもない。
子供時代からね。
楽しいことがあっても、生きる辛さの大きさにはまったく及ばないわけです。

私は「生まれて来なければ良かったのに」と考えるようになり、そのうち現実的じゃない願いを抱くようになる。
「苦しいのはいやだ。痛いのもいやだ。だから自殺はできない。でももう生きたくない。眠っている内に呼吸が止まればいいのに。見ている夢が終わらなくなればいいのに・・・」という、口に出すのは恥ずかしいw、でも思っている本人は真剣で、苦しく切実な願い。

私のせいで家族は大変だったのに、私は親の望む良い子にはなれない。
育ててもらったのに、病院代も出してもらってここまで生かしてもらってきたのに、愛されていないという不満が抑えきれない。
こんな心の汚い人間、私は人の子ではなく、鬼子なんじゃないか・・・。
生まれて来なければ良かった。
生きてきて良かったと思うことなんて一つもない。悲しい映画や泣ける小説なんか見たくない。人生なんて悲しくて辛くて毎日泣いているのに、わざわざそんなものを見る嗜好が理解できない。
この世界は辛いだけだ。
生まれてきたくなんかなかった。
どうして生んだんだろう。誰も頼んでないのに。
愛せないのに、どうして子供を望んだんだろう。この親どもは。
私は生まれてきたくなんかなかった。

これ以上生きたくないのに死ぬ勇気はないから、だから毎日寝る前に「目が覚めませんように」と思って眠りに就いていた。

でも本当は、そうやって死ねたとしても、死ぬこと自体が親や知り合いを悲しませるから嫌だったんですよね。

だから、「私を生まれなかったことにして欲しい」と思っていた。
すべての人の記憶から私を消して、存在の痕跡を跡形もなく消え去って欲しい。そうすれば、親や妹や親戚、私なんかを好きになってくれて付き合ってきてくれた友人知人たちにも悲しい思いをさせずにすむから。
今すぐ「私の生まれなかった世界」へ行きたい。そう願っていた。
でも当たり前だけど、そんなSFみたいな夢が叶うはずがない。映画やドラマなんかではあっても、現実には有り得ないことだと分かっているw
でもそれを心から願い、祈ることが、私にとって唯一の心の支えというか、そんな感じのものになっていた。

この世界は、私が生きて行くにはハードルが高い。ただ生きるだけなのに、辛い。私にはただ生きることが苦しすぎる。困難すぎる。
この世で生きるのに向いていない器に入ってしまった、とは今も思っていることですが。


ところで、最近ビビりの息子が、ちょっとした傷ともいえないくらいの、ちょっとかすった痕なんかでも結構大騒ぎするんですよね。
この前は幼稚園で転んで膝を擦りむいて帰ってきて、お風呂に入る時にギャンギャン泣いて大暴れして抵抗。普段あまり暴れて主張することがないんだけど、最近自我がはっきりしてきたことと、痛みに弱いことが重なって、もう大変!
なだめすかしたり、言い聞かせたりしばらくしていたが、一向に諦めず暴れて逃げようとする。
「いたいよー!ばんそうことらないでよー!おふろはいらないよー!」と大袈裟に号泣する息子に、可哀相にと思う気持ちより一瞬ムカつきが上回った。
そんくらいのケガ、ケガとも言わないわ。何っともない。私なんかお前くらいの時、もっともっと血を流してた。もっともっと遥かに痛い思いをした。どんな痛い治療でも泣かなかった。いや、泣いても絶対に動かなかった。ちゃんと指示には従っていた。褒められたんだ。「こんな聞き分けのいい幼児今まで見たことない」って本気で驚かれたんだベテランの先生に。
そんなかすり傷くらい、何だよ!ふざけんなよ!私なんか、私なんか・・

心の中の叫びがそこまで来たとき、我に返った。
そして気付いたのです。

私は未だに、傷ついた子供の頃の自分自身を抱えたままなんだ。

(゜д゜)・・・ナンテコッタ

・・・と。
子供の頃の私。痛い思いを我慢していた私。自分の為にやってくれていることだと分かっていたから、イヤでも痛くてもイヤだ痛いと言えなかった。逃げ出せなかった。
可哀相だった私。可哀相に!
私の中の奥底の小部屋に子供のまま存在しているあの頃の私(インナーチャイルド)が、小さなかすり傷で痛いと叫びイヤだと拒む息子に、嫉妬しているんだと、気付いた。
崩れ落ちましたよね・・・。

怒りを吐き出す相手を間違えてるよ!!

私が自分の恨みを吐き出す相手は息子であるはずがない。それをするなら私の親へだ。

私は最低な母親だ。

manmaru14.hatenablog.jp


連鎖・・・
手強い・・・

manmaru14.hatenablog.jp



いま、息子に向き合いながら、「自分の中の小さな子供」にも同時に向き合っていくことを始めている。
息子に向き合うために、自分の中の子供だった頃の自分の心を少しずつ癒していかなくてはいけないから。
私はこれから「二人の子供」を同時に見て行く。

できる日とできない日があるが・・・眠る前に少しだけ、現実に息子を抱きしめるように、心の中で小さかった子供の自分を抱きしめる。
頭の中で想像するだけだけどね。

辛かったね。
いやだったね。
よくがんばったね。
よくここまで生きてきたね。
がんばったね。本当に、がんばってきたね。

そう心の中で話しかける。
悲しかったこと、辛かったこと・・・、親に受け止めて貰えなかった分は、いま大人になった私が抱きしめる。全部受け止めるからと。
もう大丈夫だよ、と心の中で言ってやるのだ。
誰にも受け止めてもらえなかった。そしてここまで歪んだ。四十を過ぎたのに未だに身体機能は無意識の感情に支配され、自由に動くことができない。
同じ思いを息子にさせるわけにはいかない。

いつか「彼女」、・・・私の中の「小さな彼女」が、満たされ、納得し、今の私の精神に完全に同化するという形で昇華する日が来ることを願う。


ちなみに、インナーチャイルドを解放する方法として、日々の生活の中で「頭で考えず」「感覚(直感)で物事を決める」ことを続けていくのが効果があるらしいです。

自分がボーダーではないかと疑うようになってから見つけたこちらのサイトがかなり参考になる。(リンクフリーとあるので張らせて頂いた)

nakaosodansitu.blog21.fc2.com


ご夫婦で心の問題に真摯に取り組んでおられる家族カウンセラーの方のサイト。
ハッとする指摘が多く、子供のいるいないに関わらず自分の心に問題があると感じている人の助けになるサイトだと思うので、気になった方はどうぞ訪ねてみてください。


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