願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

スーパーの食品売り場で "老人不要論" を考える

年寄り笑うな行く道だ 子供叱るな来た道だ

f:id:manmaru14:20141125170908j:plain

 
年寄りが不要な世の中になってどのくらい経つのだろうか。
少子高齢化で増大し続ける医療費や公的年金、今や年寄りは邪魔なものでしかなくなってしまった。邪魔であればまだいいが、認知症や身体機能の老化により事故を引き起こしたり、害悪にすらなりつつある。

悲しいことだ。
個人的には、全てのお年寄りには長生きして充分幸せな環境で過ごして欲しいと願っている。

科学技術の進歩が今ほど急進じゃなかった昔には、年寄りにはちゃんと大きな存在価値があった。
狩猟時代には長い人生で蓄えられた経験と知恵が一族の生殺与奪を握っていただろうし、その後の時代には周りにいる者に強い助けを与える存在にもなっていただろう。
でも現代は、喰うためにする仕事とそれが中心となる生活の中に年寄りの助言が役立つスペースはない。
デジタル、ITについていけない旧時代の人間は価値が恐ろしく低くなってしまった。
孫が明日晴れるかどうか尋ねて祖父がそれを自然からの知恵として教える機会より、幼い孫自身がスマホタブレットを操作して気象に関するデータを眺めて「ああ、明日は午後から雨の確率80パーセントだって」と言うことが今や普通だろう。
もしかしたら最近じゃ「夕焼けだから明日は晴れ」なんていう「当たり前」すら知らない子もいたりするのかもしれないね。

しかし、たとえ役に立たなくなっても現代の老人は強いのだ。
なぜか。それこそ、多いからだ。
年寄りに優しい政治が変わらないのは「政治家先生方自身が年寄りだから」といった短絡的な理由だけじゃなく、もっと単純に「選挙で投票する人口が(そして残念なことに投票率もだが)多いから」である。
年寄りに優しい政策を掲げた(もしくは改革しない旧態依然を支持する保守派)政党や政治家が、"たくさんいる" 年寄りの支持を得て当選する。
この国の指針は未だ年寄りが牛耳っている。変わるわけがないw 数は強いのだ!\(^o^)/

そのことを身近で実感することがあってふと思い出したので今回の記事を書くことにした。
それは、スーパー等で食品を買う時だ。

小さい子供のいる家庭では普通のことで、子供がいなくたって今はそういうのを気にする人が多いんじゃないかと思うが、必ずパッケージの裏やラベルを見て、何が入っているかを確認する。
・・・といっても私は素人なので正直細かいことはわからないし、そこまで神経をすり減らして厳選しているわけでもないw 調べても忘れることが多いしねw
でも、明らかに不要なものが入っているとそれは買えないんですよね。

その最たるものが着色料です。

つーか、添加物の中で一番意味が分からないものの一つ(二番目は香料だけどこっちはまだ分かる)。
保存料なんかは必要性が理解できるけど、着色料って完全に「見た目を装うだけ」のものだよね?
意味わかんね。
見た目なんて味に関係ねーし!(゜д゜)(私の食べ物へのずさんなスタンスはこちら→

害がないなら見た目に拘るのも分かるけど、合成着色料は一応害はあるみたいだよって言われてんじゃん。見た目のために毒かもしれないもん使う意味が心底わかんねーんですけど(゜д゜)

かなり前から不思議ではあったことなんだけど、今ってもう合成着色料が入っているから買わないという選択をする人が多いと思うんだよね。どうだろう。私の周りの同世代では割と普通なんですよね。
あまり気にしていないと言っている人でも、例えばたらこなんかを買う時に無着色のがあればそっちを買っている。着色されたものしかない時はそれを買っているけど。

私なんか合成着色料が入っていると買えなくなってしまっているから、八つ当たりに近い感情かもしれないけどムカムカするよね。余計なもん入れやがって!って(゜д゜)
もうすぐ息子のお弁当始まるのに鮭フレーク買えねーじゃねーかよゴルァ!(゜Д゜)

・・・ところで最近の西友の品揃えの悪さと商品入れ替えの早さにはほんと辟易します。あれやっぱり外資になった弊害なんでしょうか。日本の主婦の需要を理解してないような。スーパーにコンビニの役割なんか求めてねーっつの!

さて、こんな風に私の周りではほとんど誰も歓迎していない合成着色料。なのになぜ企業は未だにしつこく合成着色料を使い続けるのか?

答えは簡単で、それは色が綺麗だから買う、という人がまだ多いからだ。

そしてそれは大体が年寄り世代なんであるw(´∀`)

彼らは物のない時代から高度成長期と共に添加物の黎明期に生まれ、発展していく添加物と共に育ってきた世代なわけです。
色は鮮やかなのが一番、「鮮やかな綺麗な色は美味しそうに見える」世代なのだ。
反対に、着色料不使用の自然な薄い色合いを「古そう」「美味しくなさそう」と嫌ったりもする(私には逆に感じるから擦り込まれた感覚というのは恐ろしい)。
しかも、体に害があるらしいことを知ったとしても、どうせ長くないわけで今更そんなものを気にしようという感覚も少ない(放射能を気にしないのもこの年代だ。実際関係ないのだから仕方ないが・・・)。

ここでも政治と同じで、多数の高齢者の理屈が通ってしまうわけです。

つくづく数は利だとしみじみ思う・・・。

実は私は最近、「高齢者の福祉に力を入れる」という言葉を聞くとイラッとするようになってしまいましたw
いえ、高齢者の福祉政策が十分でないのはよく分かっているつもりです。

これまでもカツカツだった介護報酬はさらに削られ、特養はアホみたいに足りず、劣悪な環境で何とか生かされているお年寄りの姿には胸が痛むし、何とか自分たちで生活できている高齢者だって年金だけで暮らすのはとても厳しいに決まっている。
何より老化は自分の責任じゃない。
身体が傷んでくるのは自然の理で、色んなところが勝手に痛んだり、動かせなくなったり、脳の機能も衰えてくる。それをなるべく楽に、生活できるようにするにはお金がかかる。通院ももちろんその一つだ。
(ちなみに私は結婚してからホームヘルパー2級をとった。今後できれば介護の世界で働きたいと思っている)

でも、それでも我々の世代が同じように高齢者になった時の環境よりは遥かにマシなんですよね(゜д゜)
そう思うからイラッとしてしまう。
うちらが同じ年齢になった時、まず間違いなく今と同じ水準の年金なんかもらえない。そして物価は更に上がっている。
老化は変わらないのにな!wwww

死んでいく邪魔なだけの年寄りより、これからナンボでも国に稼ぎを落とす子供に金を回してくれよ。

だからそう思ってしまうのだ。鬼ですよね。腹黒で最低にもほとがあります。
でも本心です。

決して我が家に欲しいと言っているわけじゃなく(貰えるなら欲しいよ!\(^o^)/w)、例えば身寄りのない年寄りに回すなら身寄りのない子供により多く回して欲しい、と思ってしまうのだ。
貧困で進学を諦めて低賃金の仕事に就かなきゃならない子供に、無償の進学援助をして欲しいと思うのだ。
難民申請がかなわず正規で就職できない外国人家庭の子供が学校にも行けず貴重な時間を放置されているのを何とかしてやれと思うのだ。
子供は何とかしてやってくれよ。頼むから!

少子化少子化と一部で騒いでいるだけで、そもそもこの国は本気で出生率を改善する気なんかさらさらない。
もしあるなら、幼稚園や保育所の子供の声を騒音だなんて思ったりしないし、子供の蹴ったサッカーボールが当たって亡くなったとその子供の保護者に損害賠償を求めたりなんかしない(求めるならその遊び場の管理が不十分だとして国や自治体を対象にするべきだ)。
子供が少ないことに困っていながらここまで子供に冷たい社会というのもそうないと思う。
少子化を克服したフランスの記者だったか、上記の子供の騒音等の事例に驚いていたそうだ。少子化で子供を大切にしないといけないだろうに、考えられないって。同感だよw

まあしょうがない。
それが日本と日本国民が選んだ道だ。
この国はいずれ子供がいなくなることで色んな意味で崩壊していくだろうが、それも自国民の選択した未来だ。

まあとにかく日本はただでさえ老人優遇社会になってるってこった。
これ以上優遇せんでいいだろ(゜д゜)



※もちろん、大前提として一番いらないのは無能害悪糞守銭奴政治家先生方です。






広告を非表示にする