願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

The edge of the life

ドイツの航空機事故が今一番私が気になっているニュース。
その恐ろしさに背筋が寒くなる。

亡くなった方の恐怖と無念、残された方々の苦しみが、どうか早く安らかに昇華しますように・・・
飛行機事故で大切な人を失ったら、もう、空を見上げることすら辛くなるだろうな。どんなに晴れていても。いや、晴れていれば余計に。

「テロの可能性はない」と言っていたが、これはある意味テロじゃないのか?
やりきれない気持ちになる。

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やりきれないのは、乗客全員の命を巻き添えにして自殺を遂げた副操縦士がやはり精神を患っていたという情報もそうだ。
私は霊や呪いを信じない、なぜなら生きてる人間の方が遥かに怖いから、と前に書いたが、こういうこともそうなんだよなーと思う。
(→私がなぜ幽霊の存在を信じないか、という話。


人間は、生きているからこそ怖いものなのである。

死んだ人間は変化しない。
でも生きている人間は変化する。
絶望や心の歪み、信念の変化は誰にでも突然訪れる可能性がある。
昨日までは善人だったけど、今日はそうじゃなくなっているかもしれない。人の心の中は誰にも分からないのだ。

それにしても、飛行機という乗り物の恐ろしさをまた感じた。
それを操縦する個人に文字通り命を預けている。人となりも知らないのに、だ。
他の乗り物だってそうかもしれないが、飛行機の場合、運転中に何かあったらまず間違いなく死ぬ、というところが他の乗り物の危険性と段違いに違う。
個人的にパラシュートを背負って乗りたいところだが、外に出られるか分からないよね・・・。窓なんか開かないし。穏やかに天井が吹っ飛ぶか空中分解でもしない限り無理だ。
戦闘機の脱出シーンで見る、エアシューターだっけ? 外にポーンと飛び出す脱出椅子みたいなの、を全席に備えれば助かるだろうか。・・・エコノミーでもファーストクラスくらいの料金になるかもだけど。
でもどっちみち高度が300メートル以下になってたら間に合わない。アウトだ。

何か起きたらまず助からない乗り物に乗る時、私は思考停止することにしている。

普段一番嫌っている行為を唯一自分に課す時w\(^o^)/

昔、子供の頃に家族でドライブに出かけ、その帰りによく思った。
眠くて、でも自分が寝たら父が運転を誤って事故を起こすような気がして(「横断歩道の白い所だけセーフ、黒い所に落ちたら死ぬ」的なあれ)不安で、でも眠くて、「いいや・・・もし事故になって死んでも眠っていれば分からない」と思って寝た。

もしくは大人になってから自室の天井に届く本棚をちらっと見て「ああ・・・この本棚が倒れてきたら死ぬな・・・でも眠い・・・。いいや、眠っている内に死ぬなら」と、真夜中に地震で目が覚めた時によく思ったこと(そして寝た)。

幸い私は生きているけれど、死んでいた未来もあったろう。分岐した無数のパラレルワールドは本当にどこかにあるのかもしれない。エルオーリア人なら分かるのかなー。(※)

(※)エルオーリア人・・・スタートレックに出てくる種族の一つ。とても寿命が長い。時空の変化を感知できる能力がある。エンタープライズTNG)でウーピー・ゴールドバーグが演じたガイナン等。


ジ・エッジ・オブ・ザ・ライフ。

いつの頃からか、常に心にある言葉だ。

「生の瀬戸際」と訳している。

もともとは心の中の問題について表したくて出てきた言葉だったが、昨今現実のリアル生活がそうありつつあって、怖い。

うすら寒くなる。よく自分も家族も今まで死なないで生きていると思う。
どこで死ぬか、殺されるか、分からない。
それとも、本来の生はこれでいいのだろうか。
野生はもともとそうなのだから。

怖い。
怖い。

いつでも誰かがドアをこっそり開けて(もしくは蹴破って)家に中に入ってきて息子と私を殺すかもしれない。真夜中なら夫も殺されるかもしれない。
そういう考えが頭を離れない。
以前からそう考えることはあったが、最近特にひどくて異常だと思う。

一階だからだろうか?

家にいても怖くて落ち着かない。誰かが窓を割って入ってくるかもしれない。
本気でスタンガンやその辺のものを買おうと考えたことがあった。
こうやって真夜中に一人パソコンに向かって考えていても(この記事を書いていたのは真夜中)、頭にこびりついているそういう恐怖が改めてむくむくと湧き出してきて、そしてどんどん増殖して止まらなくなる。
(↑杞憂の語源を地で行くこういう病気があったはず)

ちなみに、これまででもっとも生きた心地がしなかったのは震災ではなく(あの時は「死ぬかもしれない」という現実に切迫した恐怖だった)、「寿命になった人工衛星が墜落するが、どこに落ちるか分からない」ということを知った時(゜д゜)

あの時の、そして当日のあの恐怖と不安で地に足の着かない感、何にも手に付かない顔面蒼白感は生まれて初めて味わったw
便器型皿でカレーも食べられるし、人の解剖見学の後も食欲の落ちなかったこの私が、喉を通らなかったもんね。

どこに落ちるかわからないって・・・

いやちょwwwwwww

どこに落ちるかまでプログラムで決めといてよ!!!(゜д゜;)

って空中に向かって叫んだもんね・・・。いやほんと、やめてよと。

最後にケツの拭けない技術、実用として使うのやめて。ほんとに。見切り発車っていうやつだからさ、それ。
原発もそうだから。


何をしても浮上できないくらい心が恐怖と不安で支配され動けなくなった時(上記の通り最近よくある)、イヤホンをして携帯に入れてある曲を聞くという方法を思い出すことがある。
自分の意思では気持ちを変えられないので何かに変えてもらうのだ。真夜中ならイヤホンしかない。
どーでもいいんだが、(何もしていないのになぜかLismoのソートがおかしくなってしまって以来)プレイリストが『どうして君を好きになってしまったんだろう』(東方神起)→『Credens justitiam』(Kalafinaマミさんのテーマ)→『DON'T STOP BERIEVING』(JOURNEY)という並びになっているんだけど、これが意外といい。
特にマミさんのテーマはもちろんマミさんを、ジャーニーのはこの曲がテーマソングの海外ドラマ『glee』のキャスト、コリー・モンテースを思い出す。
そして死と命についてまた思うのですね・・・。

 

 



今回も何だかグタグダですんません・・・(´ρ`;)





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