願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

入園式のスーツを安物にした理由。~「年をとったら上質なものを」というのは「他人軸」ではないのか。

ちょっと思ったので、書きます。

どーでもいいんですが、一応ちゃんと考えて、安物にしましたw(´∀`)
その理由を簡潔に書こうとすると語弊が出るのと、正確に書こうとするとアホみたいに長くなったのでやめました。
とにかく、使い捨てでいいと考えてネットで見つけた6000円のスーツに2500円のコサージュ+パールネックレス+パールピアスのセットにしました。

・・・パールなんてもうおもちゃだよねw(´∀`) でもいいんです、おもちゃで。

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入園式の親の装いなんて、ぶっちゃけ「私は他人様の目をちゃんと気にできる常識人ですよ、変な人ではありませんよ」というアピールができればいいものだと思ったからです。

大体、パッと見だけでほとんどの物の良し悪しが簡単に見抜ける人なんて実生活でそうそういません。
プロだって実際に触ってみないと分からないというのがほとんどです(触れば即分かるらしいが)。
高級レストランでコートを預かる時に質をチェックするというのは誰でも知っている話です。

つーか、仮に安物だと見抜かれたとしてもいいんです。

入園式では「他人様の目を気にして最低限それらしい恰好はしようとしている母親」だと認識されればそれで装いの義務は充分なのですから。

素っ頓狂なドレスを着ていたり、ご出勤明けですか?的なデザインのスーツだったり、逆に黒タートルとジーンズだったり・・・変なポリシーがあると思われなければいいんです。スティーブ・ジョブズならいいんですよ、彼は良い意味で凡人じゃないんで。
凡人の私はまともな親である、ということがアピールできればいいのです。

それで思ったのは、よく「年をとったら上質なものを」という言われ方をしますよね。
あと、上記でもちょっと言及しましたが「安物は見ればわかる」とか・・・。

ついうっかり納得してしまいがちな考えですが、でもちょっと待って。
それって、誰目線なのか(゜д゜)

物を絞り込んで行く時に必ず出てくるテーマは「自分軸」という言葉ですよね。
物に振り回されない、そして世間や流行にも流されない。「自分にとってどうか」ということを主体に持ち物や生き方を考える、ということです。
しかし、年をとったら安物は貧乏くさく「見える」、上質なものは「見る人が見ればわかる」・・・という言い方には誰も疑問も持たなかったりする。

あれ・・・?それって「他人軸」なんじゃないの?(゜д゜)

他人からどう見られるかをメインにしているよね。

と思ったんですよ・・・。

いや、「年をとったら上質なものを」は感覚にはとても強く訴えてくる。私も感情的にはよく分かります。
年を重ねているのにチープなものしか持てていないのは恥ずかしいし、若さでカバーできない分確実に見栄えが悪くなるというのも確かにその通りだと思う。よく分かる。
だから私も何の疑問もなくそう思っていたし、そうできない自分にイライラもしていた。
例えばブラックフォーマル。黒は質がもろバレになるから高価なものを。素材のキーワードはカシミア、シルク。ブーツ、手袋、ストール、パールや最低限の大人の身だしなみとしてのアクセサリー類も、高価でそれなりに上質なものを持つべきだ・・・と。

でも私の場合、それらはみんな「耳からの常識」だった。

もちろん、お金に余裕のある人が安物を排して高価で上質なものを選ぶのはそうするべきだと思うよ。
でも、お金に余裕のない人がただ年をとったからって「年相応に」、なんでもかんでも「上質なもの」を揃えることはできないよね。

上質なものを持つことを否定しているわけじゃない。私だって良いものは欲しい。持っていれば嬉しい。でもそれは「自分のため」に持つものじゃなきゃだめだ。
決して「他人への体裁を保つため」や「周囲に軽々しく見られたくないから」じゃない。

私の場合は。

子供の晴れの日にきちんとした格好をするのは当然の義務だ、愛情だ、と言うのはその通りだと思う。
ただ、その「きちんとした格好」には価格コードは別にないってことですよ(´σ:`)ホジホジ

最低限かけるべきところにしかお金をかけられない我が家にとって、子供の入園式では脇役でしかない親の自分の装いなどハリボテで充分なのでしたw



ちなみに入園式用の息子の靴はヒラキで買ったよ(´∀`)
入園式と今年の七五三と、うまくいって二回履けるかどうかわからない程度の出番しかないフォーマル靴に千円以上のお金なんか出せませぬ(゜д゜)