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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

130億光年の孤独

哲学・思想 自分語り ブログポリシー

花粉症につき閉店中になるはずだったんですが、ここしばらくの雨とそれで外に出ていないことで体調が少し良くなったこと、それと、花粉症どころじゃない個人的ユリーカがまたあったこと・それによって心境が大きく変わり今後のブログ方針にも少なくない影響が現れること、があって、記事を書いています。
死生観・人生観の話になります。
長くなりますので、興味のない方はスルーで!\(^o^)/

 

 長い長い長い「無」と「無」の間にある一瞬の「生」

 
私は何より「死」が怖い人間です。「自分」が消滅する感覚への恐怖に怯え、「死」に異常に怯えながら生きてきた。
子供の頃からそうだった。
子供の頃に突然「死」の恐怖に目覚める話はよく聞くが、私もそうで、しかし私の場合はそこから一切変わらずに同じ強さで「死」が怖い。

「死の何が怖いのか」と言われてうまく答えられる自信はない。

ぶっちゃけ一番正直に言うなら「わけが分からないから」です。
「死」というのがどういう感覚なのか分からない。自分の身体感覚として想像ができない。
「死ぬ」時の感覚。
痛みは?意識は?最後に感じるのは?意識が消える瞬間、それはどんな感覚なんだろう。

しかし、最近それが微妙に変化し、その疑問の矛先が次第に「死んでいる」時の感覚に変わってきた。

何年か前に中島義道の『「時間」を哲学する』を読んだことがそのターニングポイントだった。 

 紙版はこちら↓


 読み返す時間がなく正確性に欠くが、この本の中で私が個人的に衝撃を受けたのは、

「人は何万年の地球(や宇宙)の歴史の中でたった一瞬だけ「生」の領域に現れ、70年かそこらをそこで過ごし、その後死ぬと消滅しまた「無」の領域に沈み、そして二度と「生」に浮上することはない。何万年も何億年も」

・・・というような感じのくだりだった。
くどいようだが正確性に欠く。私の印象に改変されていると思うので、正しく知りたい方はどうぞ読んでみて下さい。
上で赤字で書いた「また」という意義の単語も実際に文章にあったか不明です。すみません。しかしそれほど私に強烈なインパクトをもたらした。

何というか、

人はもともと「死んでいる(生の領域に存在していない)」状態が常であり、今ここにたまたま生きているということの方が実はイレギュラーな事態である

という考え方があることに気付かされたのです。
なんと衝撃だったことか(゜д゜)

多分これは真のマクロ史観というか、究極の客観(俯瞰)視点と言えるんじゃないか。うまく言えないが、(本当にこういう時に自分の頭の作りを呪うorz)

「外界世界の視点で人間(人だけじゃないがとりあえず人に絞る)の『在り様』を定義したものを、当の人間の頭の中に見せた」

ような感じ。

・・・何を言っているかよく分からないかもしれないけれど、とにかくその時に私の感じたことは、
「この時代に生まれて巡り会えたこと自体が奇跡。」
という、少女マンガやティーンズノベル携帯小説やその映画の宣伝でよく聞くような台詞あのままの感覚でしたw(´∀`)

それから、えも言われぬ激しい悲しみ。

地球が生まれて46億年、人類がその地球に誕生して1万2千年経って初めてポッとこの世に現れ、ほんの瞬き以下の時間をたまたま出会った人たちと時代感覚を共有し過ごし、無に還る。また一人きりで、もう二度と「生まれる」ことはない。「生きた」のはただあの一瞬だけ。これから何十億、何百億年も、未来永劫永遠に無のまま・・・

わー!胸が苦しくなってくる!ww 
どうでしょうか。・・・私はその瞬間泣き出したい衝動に駆られて実際に号泣した記憶があるんですが。

中島義道は死後の世界否定派(死んだら無になるだけ)なのでこういう考え方になったと思うんですが、私にはとてもしっくりくる「答え」でした。


――と、これらのことを踏まえて、最近の私に起こった変化の話を。
ここからが本題です。本題の方が短いよ!w(´∀`)←嘘です・・・
 

二十億光年の孤独 (集英社文庫 た 18-9)

二十億光年の孤独 (集英社文庫 た 18-9)

 

 

 130億年の孤独と、ここから始まる平坦な宇宙に続く永遠の悲しみ

 
さて、上記の感覚はずっと頭にあり、「だから何気ない毎日、今の生活に感謝し大切にしなければ」と自分へ言い聞かせる戒めにしていたんだけど、普通以下の凡人(しかもダメな方)なので、普段はどうしても忘れがちなわけです。
忘れてはいないんだけど、真ズボラ根性が強力なのでどうしても何もかもが面倒。やはり何事もなければ楽な方へ楽な方へ流れていくわけです。実際の行動としては。頭の中は違うんですけどね。
もちろん「何気ない毎日を大切に生きよう」と決意しても、こまめな掃除も三日坊主、だらけた自分に逆戻りなわけです。
基本まんまぐでたまです。


そこにたまたま鬱や身体の不調やホルモンの周期が重なると「どうせ死ぬんだから何をしたって無意味」という都合のいい厭世観まで駆り出して来る始末・・・。
ダメ人間というのはこういう人のことです。

そんな日々を送っていた昨夜のこと。

家族で夕飯を食べていた。
夫と息子は早々に風呂に入り、平日にはあり得ないほど早い時間に落ち着いて食卓を囲んだ。
休日はいつも早いが、夕飯の支度はまだ終わらないのが普通。昨日はたまたま作り置きのカレーにトッピングを乗せるだけだったので、私もみんなと同時に落ち着いて穏やかに食卓につけた。

その時、不意に
「そうか、夫も息子も今の人生が終わればあともう何万年も会えないままなんだ」
と思ったのです。

私には昔から不思議な癖というか感覚があって、例えばベッドに寝転がって何の気なしにボーっと部屋のドアの隅なんかを眺めていると、その時見ている光景を何十年後かに今この時と全く同じ気持ちで思い出すんだろうな・・・というような予感が突然去来することがあります。
予感というか自分で「そう思う」だけなんですが、その時の気持ちはまるで実際に何十年かが経ち、タイムスリップして今この時の視界を体験しているような、遥かな気持ちというか、誰もいない荒野に立っているような感じというか、とても切ない気持ちになる・・・ということがあるんですが、昨日感じた気持ちはそういうのとも違っていました。

もっとはっきりと現実感のある、いや現実の、「明確な認識」という感じの感覚でした。

「何万年も」と心の中で発した言葉は便宜的な単語です。実際はずっと、永遠に。
「永遠」という「時間」は私の実際の時間感覚として全く身近じゃなく現実的に捉えにくいので、心の中で考える時にも具体的な時間の単語を使ったんだと思います。

それは「思った」というよりもっと確信に近い。「知った」「悟った」というような感覚。

「命ある間だけ、死んだら終わり、だから今ある全ては奇跡」というような、こういう考え方についてはそれこそ飽きるほど巷に溢れている概念であり、また事実として当たり前のことでもあるんですが、どこか頭の中だけで感じている感覚だったんですよね。
現実として自分の行動や生き方にはそこまで影響することはなかった。

けれど、その時は完全にニュートラルなまま自身の現実の感覚として初めて腑に落ちたような感じだったのです。
しかも何の脈絡もなく、心に降ってわいた。
まさに「天啓」とでもいうような。

宇宙が誕生して137億年(?)、宇宙が生まれる前も含めたらどのくらいになるのか分からない長い時間、「私」は「無」であり、現在、たまたま今の時代に「命」を得て「生まれ」、生き、家族や友人、行き交う見知らぬ他人と共に過ごしている。
夫という別の「命」と出会い家庭を作り、息子という新たな「命」が誕生した。私という孤独な無がたまたま命になり、たまたま命と出会い命を生んだ。


――100年たったら誰もいない。

「あのね、想像したことない?100年たったらあんたもあたしもいないのよ。今年生まれる赤んぼでもね、100年たったらだあれもいないわ」

ずっと、『船を建てる』でチェリー(※雌アシカ)の言った言葉が、初めて読んで以来、何十年も心に残って離れなかった。

 

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鈴木志保『船を建てる』#12『Slow train coming』より/初出:ぶ~け 平成5年2月号

船を建てる 上

船を建てる 上

 


その理由と、その時感じた気持ちの「真の意味」とでもいうようなものが、上で書いた中島義道によってもたらされた死生観と融合し、初めて「私自身の常態の感覚」として理解できた瞬間でした。
ただし、「その友達にもまた会えるわ」というこのチェリーの話の最も大事なところが私の中では真逆になってしまったわけですが・・・。
私の中では「もう会えない」。

ところで、私は息子に「死」を説明する時に「遠いお山にいく」という表現を使います。
「みんないつか遠いお山に行って、その上のお空でまた会えるんだよ」というように話す。
自分でも「本当にそうあればいい」と思っているし、もちろん幼い子供に今突っ込んで話すようなことでもない(死や命について話すこと自体はどれだけ話してもいいと思うんですが)。
でも、私の本心は今決まった。

みんな、もう会えない。

「この命」が終わったら、みんなバラバラになって、もう二度と会えない。

「この命」が終わったら、もうどこにもいなくなる。
「無」になり、それぞれまた永遠の孤独に戻るだけだ。
どんなに愛しても、どんなに想っても、その相手と一緒にいられるのは、「今」「この命」だけの間なのだ。


・・・


・・・何を当たり前のことを言っているんだろうと思った方、その通りです。
私も当たり前だと思ってはいたんですよ!
ただ、自分の普段の意識のまま、それを自分の素の感覚として理解したことは今までなかったのです。
なかったというより、したくてもできなかったのです。
それを求めて、今まで必死で考え、もがいてきたのです。

私はようやく、何十年も探し続けてきた自分の中の哲学的問いの一つの答えに達した気がする。

ただ、ここで大切なことを。誤解を防ぐため、私のスタンスを正確に書いておこうと思います。
私が達した結論は、単に「私はそう思うことに決めた」「あくまで私が自分の行動規範としてこれを指針にしようと決めた」ということに過ぎません。
「死んだ後のことは誰も分からない」という気持ちは変わりませんし、「惜しまれて亡くなった人は皆雲の上で幸せに暮らしている」という思い(願い)も強く変わりません。

矛盾しているようですが、私の中では矛盾しないのです。

「可能性への思い」や「願い」と、「認識」の違いです。
「こうかもしれない」「こうあって欲しい」と、「(自分の中では)こうである(からそれに沿って行動する)」の違いなのです。
雨は降らないかもれない、雨が降らないで欲しいと思いながらも、空模様や天気予報から「今日はこれから雨が降る」と認識し傘を持って行くことを決める、というような感じと似ています。

 まとめ。今後について


何気なくても何気なくなくても、平凡な日でも特別な日でも、この人生そのもの全ての毎日がかけがえのないものであると、ようやく私の現実的な感覚で理解できた感じです。
そして、そのような人生の日々において重要なのは「物」では決してないことが自然に導かれました。
はからずもこれから断捨離もまた進みそうな気配で嬉しいです(笑)(´∀`)

そして、「命」に対する上記の究極の客観視観は、周囲の目や他者の意識に支配されてしまうボーダーの私にとって、実際に行動をする時の強力な手助けとなってくれる気がします。
下痢症とパニック症状を恐れるあまり、よほど必要に迫られない限りは普段の生活圏(主に自転車圏内)の外へ出かけられないのがデフォルトだからね・・・。
せっかく東京に来たのにまだ浅草も築地も一回も行けていないんだよ。羽田は送り迎えだけという思いがあるから何とか行けるけど、食事を挟む観光で半日は見て回ることにはまだ恐怖が強い。

そしてブログについてなんですが、更新頻度を落とすつもりです。
もともと私は書くのがとても遅く、晒すのはとても恥ずかしいんですが、大体これくらい(5~6000字程度)の記事を書くのに6~7時間くらいかかります。書き始めから記事をアップするまで、ですね。スムーズにいってです。延べ時間じゃなく実質時間なので、本当に時間を使います。書くこと自体が遅いというより、編集と推敲にものすごく時間がかかるのです(アウトプット能力が低い)。
毎日6時間みっちりパソコンに向かうことはさすがに不可能なので、大抵何日か跨ぎます。一旦下書きに保存して、何日かかけて完成させます。保留にしたまま他の記事をまとめたりもします。かなりの文字数の下書き記事が常時50個くらい溜まっています。

何日かかけていると言っても、一日の中でかなりの時間をブログ(というか「自分の思考をまとめ文章にして表に出す」という作業)に取られているのは確かです。
私にとってとても大事な意味のある行為で、決して無駄ではない時間なんですが、「この命が終わったらもう何万年経っても二度と会えないまま」となってしまう大切な息子や夫や家族、友人などとの時間、またその他のたまたま同じ時代に存在している人などとの繋がりもとても貴重であると「知って」しまった今、私はそっちを優先したいと思いました。

ほらー損するのが嫌いなタチだからさーw(´∀`)

「得が好き」か、「損が嫌い」か。 - 願わくばまんまるく、徒然。


「無」になってしまった後、
「ああ・・・せっかく命があって大切な人がいたときにもっと一緒に過ごしたり話したりすれば良かった(´・ω・`)でももう二度と会えない・・・もったいなかった」
と後悔したくないもんね・・・。いや「無」だから意識もないし意味分かんないけど・・・w(´∀`)




 





でも本当は「無」なんかじゃなく、死後の世界はどこか観測不可能な領域にちゃんとあって、みんなきっとそこで会えるのだと、そうあればいいと、ずっと願っている。

何不可説不可説転年後であっても。


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