願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

安倍さんの言葉はなぜ薄っぺらく聞こえるのだろう。

最近起きた一連の "イスラム国" 人質事件に関して、私も私なりに思うことが色々ある。
その全てを記事にして上げるのは難しいが、少しずつでも書いていきたい。

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安倍さんは、前回総理時の反省からかちょっとした隙も決して見せないように警戒しすぎているというか、予定調和の利かないメディア媒体での発言をしないので何を考えているのかすっかり分からない総理になってしまったが、その結果、発する言葉の「真意の見えなさ」が「表面的さ」「薄っぺらさ」という悪い面の短所として印象が固定されてしまった感がある。
私はもともとずっと安倍さんを支持していて、3.11以後の原発推進表明により決別した今もこの人自体は嫌いではなく、この人はそれなりに日本をよくしようと思ってやっている人なんだろうなーとは思っているので、そういう「国民への露出・啓蒙方法の読み違い」はとても残念に思う。

滑舌が悪いとか色々言われて、自身の外見的パフォーマンスに不満に思うところがあったのかなーなんて小市民的な感覚で考えてしまったりもする。そんなとこはあまり気にしなくていいのにな・・・。
トップが一生懸命伝えようとする姿に人は心を動かされるのに。
スマートに、叩かれる隙は作らないように・・・と、警戒し過ぎたため、親しみはもちろん、就任直後には大勢だったはずの「この人なら大丈夫」「この人は我々国民の気持ちを理解してくれている」感は今や全くなくなってしまったよね。

薄っぺらさが極まったのが今回の湯川さん後藤さんの拉致殺害テロ事件。
この事件・拉致された二人の訃報について、安倍さんが力強く言った言葉がどうしても私の心には響いてこなかった。
なぜかと言うと、その言葉の裏付けになるものが私にはよく分からなかったからだ。

いや、「テロに屈しない」という決意、それ自体はいい。

だが、そもそも日本てそう断固として言い切るほどの何かがあったか。

特にないんじゃないか。

「決してテロには屈しない」と、アメリカが言うのはよく分かる。9.11同時多発テロによって本土が直接攻撃されたのだから。あの同時テロがあっての「テロには断固として屈しない」という宣言だから、重みがあるし、説得力があるのだ。
これまで何度もイスラム系過激派のテロ被害に遭っているアメリカ以外の諸国、先日新聞社襲撃事件の起きたフランスや "ジハーディ・ジョン" の出身国イギリスなども同じだ。

しかし、穏健島国の日本にはそこまで切羽詰まったものは実はない。
いや、もしかしたら私が知らないだけか、或いは一般の国民の預かり知らぬところではあったのかもしれないが、少なくとも私にはあまりピンと来ない。

これまでも日本人がテロの犠牲になってきたことはあるし(オウム含む)、イスラム系では香田さんが殺された惨い事件ももちろん覚えている。
それに何がなくたってテロは本来許すべきではないし、そういう理不尽な暴力と戦う表明をすることは良い。民主主義国家の先進国としてその表明は最低限の義務でもある。

だが何故か、安倍さんが「テロには断固屈しない」と言うと、薄っぺらく感じてしまうのだ・・・。なぜなんだろう。
アメリカを始めとする連合国親分に「言わされている」子分感が半端ないというか。

安倍さんの言葉のソツのなさも理由にあるんだろうなーと思ったわけです。
「自分の言葉」で喋っている感が全くないんだよね。
総理独自のテロへの考え、テロへの自身の気持ち、そういったものが全然見えない。感じられない。何をもって「テロは許さない」という情熱が出てくるのか。
そもそも安倍さん個人は本当にテロに対してそこまで真剣な怒りを持っているのか・・・。

そんな疑問すらうっすら感じてしまうほど、私にはさっぱり伝わってこなかったのだ。

そもそも、生まれた時から裕福で特別な挫折も苦労も知らずここまで来たこの人は、国民の真の痛みすら理解できない人だ(と私は感じている)。
前から書いているが、安倍さん自体は私はいい人だと思う。
ただ、決定的に人間としての深み、他人への洞察力・想像力が足りないんじゃないか。
貧乏な家庭に生まれ学歴もなく自身の努力と才覚だけでトップに上り詰めた元総理や、部落出身(と聞いた)で泥水をすすってやはり苦労をして党の実力者になった元幹事長、そういった人たちが自身の精神思考の土台としてゆるぎなく確立していたものを、安倍さんは間違いなく持っていない。絶望的なほど。
普通の人が普通にする苦労すら、多分ほとんど知らないだろう。絶望的なほど。
いや、自身も病気があるから身体の辛さに苦しむ人の気持ちは少なくとも分かるかな・・・

雲の上の貴族政治の世界から下りてきて、街へ出て、真の国民の現状に触れて欲しい。
これは安倍さんだけでなく、今や国会のほとんどを占める全ての裕福な世襲族議員たちに対して思うことだけど。
知らないということ自体は構わない。自身は高級な暮らしをしていることも、何ら構わない。
ただ、知ろうとして欲しい。
自分は何も知らないのだと、国民のほとんどを占める庶民の生活を、苦しさを、自分は全く知らないのだと、知っていて欲しい。

ま、こんなとこで私が書いたって・・・という話だけどw

・・・ちょっとずれたけど、言葉というのは人間が意思を伝える時の最も大切な、そして最もダイレクトなツールであって、その真の効果と重要性をもっと意識するべきだと感じます。
特に一国のトップなら。
国民が穏やかな羊の群れみたいな日本ではなかなかそういう部分が鍛えられないのは仕方ないけれど、外国にはそんな甘い感覚では通用しない。

しかし大抵、言葉が薄っぺらく聞こえる時って、その理由の大半は「実際に中身が薄っぺらいから」なんだけどね・・・
そうじゃないことを祈ることしかない。