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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

同窓会に参加して考えたこと

高校の同窓会に行ってきました。

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同窓会と言ってもそんなに大々的なものじゃなく、私の高校の学年では幹事役をしてくれる人が何人かいて、大規模小規模とりまぜちょこちょこと地元と東京でそれぞれ催してくれている中の、その一つ。今回は小規模な、忘年会を兼ねて関東にいる人たちで集まろう、という感じのもの。いつも企画して呼びかけてくれる人には感謝しきり。有難いです。
今回、私は二年ぶりの参加になった。去年まで地元仙台にいたので東京への参加は初。
前回も会えた人もいれば今回卒業以来初めて会えた人、かなり久しぶりな人もいて、楽しかった。クラス関係ない同学年の集まりなので知らない人もいたりするのだけれど、それがまた楽しい。同窓会のいいところって、仲の良かった人と再会を楽しめるだけじゃなく、在学中は話したことのなかった人とも今になってようやく話せたりするところだと思う。

今回特に思ったことは、みんな結構しっかりした大人になっているんだなあ・・・ ということ。

国税庁から新聞社から建築設計からクリエイティブ分野、学校教師、看護師、図書館司書、子供三人のお母さん・・・凄いなー。

私のいた高校は割と保守的で頭のレベルもそこそこいい公立校だったので、もともとそれなりにみんなきちんとしっかりしているというのもある。(私も中学までは結構頭が良かったよ!)

「ああ・・・何にもなれていない、何の肩書もない無職無才、しかも慎ましい所得帯の主婦(しかも子供も一人だけの母親としても素人)の私なんか、この中で一番パッとしないどーでもいい底辺の人間なんだろうなー・・・(´ρ`)
としみじみしてしまいましたw

・・・いや、しみじみと書いたけど、嘘でした。しんみりでした。
しんみり凹みました。

まあ、誰もが常に自身の歩んできたそれまでの人生の結果が今の自分なので、仕方ないんですけどねw(´ρ`)

でも、ですね。でも、そこで凹んで暗くなったままじゃないのが私も強くなったところなのですよ。
子供を生んで母は強くなった!(←?)
こう思ったんですよ。

「もしかしたら、他の同窓生だって人生に挫折して落ち込んでいる人もいるのかもしれない。自分は駄目だと思い、他人と比べて落ち込んだり、私と同じようにもがいたり苦しんだり、現在進行形でやさぐれている人だっているのかもしれない。でもそういう人はきっとここには来ていないんだ。」

そうですよ。
基本的に "同窓会に喜んで参加できる人" というのは、そういう人なわけです。
ここに到るまでには色んなことがあったかもしれないが、とにかく「今現在」は世界の表舞台を生きているというか、光のあたっている場所にいる人というか。
少なくとも、毎日飲んだくれて自分の境遇と人生を呪って引きこもって悪態をついていたりするような人ではない。劣等感とコンプレックスにもがき苦しみ、他人の幸せや頑張りを妬んだり僻んだりしているような人ではない。そういう人は間違っても「みんなまだ何者でもなく、誰もが同じようにスタートラインで輝いていた時代」の同級生なんかに会いに来たいと思わないでしょう。
そういう意味で、同窓会に来る人というのは少なくとも 「今の自分」 を受け入れ、誰に会って「自分は今こうです」と言っても良い、良く言えば自己肯定できている、悪く言えば諦観・諦め・自虐に到った、よーするに「今の生活・今の自分をある程度満足して受け入れている人」であるわけです。
ゆえに、その旧交の場で披露される彼らの経歴や今の立場が華やかで充実したもの(それは彼らの生き方が真摯に努力した結果充実したものになったということと同義です)であることが多いのは、ある意味当然なわけです。

そこで、私はこう考えることにした。

「うん・・・私はこのみんなの中で一番何もないダメ人間だろうけど、でもまだギリギリこうやってこの場に来られる程度には自分を受け入れ、自分なりにきちんと現実を生きているんだから、いいじゃないか」
と。
・・・私にしてはかなりポジティブな方です。

下痢症やパニック障害の不安に負けず、夜の新宿というひきこもりには恐ろしい大都会まで果敢に出かけ、無事帰還した自分を褒めてあげようと思いました。

あー楽しかった(´∀`∗)


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