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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

「ならぬものはならぬ」という考え方のススメとその例外について考えてみた話

育児 世間話 真面目な話

いえ見てないんですけどね・・・綾瀬はるか大河ドラマですよね。タイトルも忘れたのにドヤ顔で使ってすみません(´ρ`)

でも、この「ならぬものはならぬ」はいい言葉だなーと思いました。そして、それはやはり自分が子育てをしているからだろうと思ったんですよね。


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以前、公園で、割と高さのある滑り台のついた遊具の一番上に、絶対一人じゃ滑って降りて来られない1~2歳くらいの子が上っていてですね、多分滑りたいんだと思うんだけど、でもそれは危ないからその子の母親が必死で説得しようとしていて、でもその子は滑りたいから聞かなくてイヤイヤしていて、(母親が抱えてなら滑って来られるんだが、それをする気はないらしい)母親が困ったように、でも一生懸命説得して戻ろうとさせていて、でも子供はイヤイヤで・・・っていうのを延々やっていたんですよ。

狭い遊具の上で。もちろん大渋滞です。
その滑り台で滑りたくて上ってきた子供らはその親子の後ろでずーっと待っているのです。
大抵今の子というのは、多少やんちゃっぽく見える男の子であっても、親から「順番を守りなさい」「ちゃんと並んで待ちなさい」「他のお友達には優しくしなさい」としつこく言い聞かせられて育っているもので、誰も横から無理に通ろうとしないし、どいてよ、と言うこともしない。
ただ延々と待っている。

私は下から見ていて、息子に「そこは今ちょっと滑れないから降りてきなさい」と声をかけたわけだけれど、考えさせられた。

私なら、まず子供を抱えてとりあえず下ろすだろうなと。
そして、それから、じっくり諭すなり言い聞かせるなりなだめるなり気をそらすなりするだろう。

だって、1~2歳って、理解できないもん・・・(゜д゜)

理解できないんだから、基本的に説得はできない。
それでも、親として、人間の教育の基盤として、分からない内から話しかけ言い聞かせることはとても大事で素晴らしい姿勢だと思う。だから、とりあえずその場をどけて、じっくりすればいい。
でも、その母親だって子育ては何もかもが試行錯誤なのだから、非難をする気には全然ならない。当然私自身だって何かしら他人に思われていることはあるだろう。

ただ、そこで思ったのが、これも「ならぬものはならぬ」だよなーということ。


ところで、これは思考実験(≒机上の空論)なんだけど「人を殺してみたい。純粋な興味として人を殺したらどうなるか自分で確かめたい」と言われたら、なんて説得するだろうか。
人を殺してはいけない理由を真剣に考えて説いたとしても、「でも、殺してみたい。どうなっても構わない。どうしても純粋な好奇心を止められない」と言われたら何の役にも立たない。

「人は殺してはいけない。なぜもクソもない。だめなものはだめだ。それがこの世界のルールだ」

こう言うしかないんじゃないのかね・・・。
だめなものはだめだよ。
「それが、この世界で存在を許されるためのルールだ」と言うしかない。それでもいい、というならどーにもならないが。
ならぬものはならぬ。理由が欲しいなら一緒に考えようと。考えることは大事だ。でも、取り急ぎ喫緊で「ならぬものはならぬ」のだ。

仮にこれを人間じゃなく、知能を与えられたロボットに言われた場合と考えたらどうだろうか。
やはり「ならぬものはならぬ」とプログラムするんじゃないか。
その理由なんていう膨大なソースからいちいち教えることはきっとないわけで。
そもそも「人を殺してはいけない理由」なんて、古今東西これまでの人類史上色んな学者や哲学者が何千年もかけて探してきたもので、でもってもちろん未だに見つかっていないものなわけで・・・

ただ、ロボットでなく人間の場合、この「ならぬものはならぬ」を不本意ながらであっても受け入れられるかどうか、というのも、その人のもともと持っている心の在り様によるんだろうという気がする。
ひとの心の中って、 "言語化できない非言語状態のもの・まだ言語化されていない未言語状態のもの" とでもいうような思考状態がとても多い気がする。
だからきっとそれによる。
この辺の私の感覚についてはこちらの記事を参照ください。


「嘘をついてはいけない」をどう教えるか考えてみた話 - 願わくばまんまるく、徒然。



ちなみに、上でわざわざ「思考実験(≒机上の空論)」と書いたのは、現実にそんなことを言われる状況があったとしたら、それを言った人間は普通の人間じゃないからだ。たいていその多くが幼少期から虐待を受けて育ち、深い傷を負うかトラウマに心を壊されたというような、正常な状態の人間じゃないからだ。
そういう人間としての心の基盤が作られてこなかった相手に「なぜ人を殺してはいけないの?」と訊かれた時、「ならぬものはならぬ」は通じない。被虐待者はそもそも(親の身勝手な論理としての)「ならぬものはならぬ」で育てられてきた。
だからこの場合は「ならぬものはならぬ」は封印し、親身になろうとするなら一緒になって理由を探してやらなければならないだろう。

人を殺し、その理由として「人を殺してみたかった」を挙げる人間(たいてい少年少女)が最近は少なくない。
本来は「ならぬものはならぬ」殺人であっても、彼・彼女らが人間としてそこまで追い詰められた心的な経緯を思い浮かべると、やるせなくなる。


「親殺し」は仕方ない - 願わくばまんまるく、徒然。



あなたの子どもを加害者にしないために―思いやりと共感力を育てる17の法則

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いわゆる『酒鬼薔薇事件』の犯人がいかに異常で凶悪な環境下で作られたかを検証した本。
生後一か月(それほぼ新生児)からオムツ外しを始めたなど、彼の親(母親)の異常さが一読して分かる。先を読みたいと思いながらもう読みたくないと思い、ページをめくるのが辛かった。身が震え、その後しばらく何週間か精神的に浮上できなかったのは二十歳前後に読んだ森村誠一の『悪魔の飽食』の時以来かも。
私自身、この母親に育てられたら全く同じ事件を起こしていたと確信せざるを得ない・・・

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