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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

私のブログスタンス

どーでもいい話ですが。ふと思い立ってこんな記事です。
今私が思っている私自身のブログスタンスをちょっと書いてみた的な内容なので、特にそこに興味も疑問もない人は盛大にスルーでお願いします。
まとまりのない文面ではありますが・・・そこはいつものように一つ生温く夜露酢区たのんます(゜д゜)ゞ

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自分は「ブログ」という形態には向いていない人間だと思う。
後述するがいわゆる昔の「サイト内日記」というのが合っている。・・・というか、正直その感覚のままやっていますw(´ρ`)

「ブログ」というと、基本的にはテーマや目的が一つあって、そこに絞られた内容を書くものという印象だ。例えば一人の人に扱いたいテーマが複数あれば、そのテーマ毎に複数のブログを持っていて当然。
節約、断捨離、ビジネス、育児、旅行、本や映画やドラマのレビュー、等々・・・分類は自由で。
で、例えば節約ブログをやっている人は、ドラマを見てもそのレビューをそこに詳しく書いたりはしない、という感じ。
芸能人ブログだけは日常の雑多な記録という感じがするけれど、実はそれ自体「芸能人である自分というテーマ」のブログになっていると言える。「海外で生活している日本人ブログ」と同じようなテーマカテゴリ。私の中では。
そもそも、大した履歴を持たない凡人がそんな自身の日常の出来事や感想、世の中への意見や日々思っていることなんかを雑多に綴ったって、見知らぬ人がそれを見て特別面白いと感じることはないもんですよね。
よほど文章が上手いとか、文体に作者の滲み出る魅力があるとか、着眼点が変わっているとか、のキラリと光るポイントがありでもしない限り。
だから、書きたいジャンルの的を絞り、特化したそのテーマで目を引き、同じ興味を持っている人を読者ターゲットにする、というのが賢い、且つごく普通の当たり前の「ブログというもの」だと思う。

だけど、私自身はそういうブログをやるつもりは最初からなく、自分の日常の中で感じたこと、書きたいと思ったことを好きに書くための場所を探していたんだよね。
つまり「誰にでも見てもらえるネットという世界上」(の隅っこ)に、「盛大な独り言を発信する場」を求めているだけで、こういうブログをやっています。

もともと他の場所で長い期間やっていたんですが、色々忙しくしばらく更新しない間にそこがサービス提供を終了していて丸ごと消えていたという・・・orz

ええ、真性の自己顕示欲erですよねw(゜д゜) こんなん基本的に独り言ですよね、ええ・・・。
ただし、正直に書くことだけを自身に課している。独り言なのに偽ってどうするよw(´∀`)
内容に直接関係しないところには良識の範囲程度にフェイクを入れたりもしますが。

それがたまたま誰かの目に留まり、読んでくれて、そしてもし少しでも面白いと思ってくれたら、とても嬉しいのです。
どんな意味でであっても、何かしらその人の心の役に立ったらとても嬉しい。
ただそれだけのことなんです。

なんか書いていてとてもむず痒いんですが・・・皆さんもそうでしょうか、すみません。本心だから仕方ないんですorz

私にとって、web上に文章を上げるというのはただそれだけが目的なのです。
有名になりたい、お金を稼ぎたい、とかはそもそも一切、これっぽっちもなく、だから、沢山の人に来て欲しい気持ちもそもそもないのです。それはむしろこわい・・・www(((´∀`;)))

・・・お金を稼いでるわけじゃないから仕事じゃなく趣味であるという認識で、だから好きなことを書く。
というか、好きなことを書きたいからこそ、お金もアクセス数も要らないと言った方が正確なんだろうな。

これは、現在アラフォーBBAである私がweb上でこういう今でいうブログ、日記を始めた経緯が影響しているのかもしれません。・・・あ、私はよくこういう「アラフォーBBA」等の自分を貶める表現をしますが、もちろん一般のアラフォーをBBAと言っているわけじゃ全くないので誤解しないでください。私が自分をそう思っているってだけです。冷静に考えて自分をそうだなーと思い、かと言って、えー・・・何と言ったらいいのか、別に本気で自分を卑下してウジウジしているわけでもないので、よーするにこういう文体の人なんだなと思って気にしないでくださいw(´ρ`) あ、20代でもBBAはいる、多分。
・・・で、えーと、20年近く昔だと「サイト」と言って、自作の絵や小説などの作品を置くHPが普通だったんですね。
あくまで私の周りの話ですが。
その中のコンテンツの一つとして、日記という、個人的呟きスペースがあることが多かった。
「日記」はメインコンテンツではなく、「作品を上げている作者の人となりを紹介するもの」という役割が大きいものだったわけです。
もちろん日記をメインコンテンツにしているサイトもありました。そういうものは私の周りでは「ブログ」じゃなく「日記サイト」と呼んでいたように思います。

時々、突然アクセス数が伸びる時があって、それは大した数字じゃないんですが、基本的に閑古鳥ブログなので超こわくなりますw
あ、どこから来たとかほとんど分からない仕様です。
だからなるべくアク解は見ないようにしてるよね・・・心臓に悪いからね・・・。
かと言って、どこのどなたがどこから来られても、万が一、仮に悪意を持ってどこかに晒されたりしたとしても、それは全世界に公開している以上あって当然のことだろうと思っています。(良識ある著作権のマナーの範疇である限りは)
誰かに見られたら困ることは最初から書かないという信念で記事は上げていますし、自分にとって心地良い反応・受け止められ方しか受け入れられないならそもそも公に晒すことをしちゃいけないだろうと思っています。
もし間違ったことを書いて後から反省・訂正したとしても、書いたこと自体をなかったことにするよりはいいと思っています。
この辺は、言葉をこうして公開している以上、最低限の私なりの覚悟です。

好きなことを書くと言っても、公開するものである以上、マナーや基準というものは私の中にもある。
一般人の個人のブログと言え、何を書いたっていいわけじゃないのは当たり前だよね・・・そこは、一応かなり意識はしています(´ρ`)
特に私はどうも品性がゲスな方であるということもあって、嫌いな物について書くことが多いです。
自分でもこの品性がよしとは決して思っていないので、そこは安心してくださいorz

ただ、私は嫌いという感覚は好きと同じくらいその人の個性であると思っていて、そこを隠して耳触りの良いことだけを書くことに懐疑的なのです。あ、もちろん私が、自身がそうすることに、というだけの意味でです。ネガティブな要素は書かない、というスタンスのブログは素晴らしいと思っています。私もそんなブログで好きなブログがたくさんあります。明るい気持ちにさせてくれてありがとうと思います。ランキングとか広告とかポチしまくることでしか謝意は表せませんが・・・。

天邪鬼ってやつなんだと思います。他人からもよく言われます。自分でも分かっているorz

誰かのことが知りたいと思った時、好きな物を訊くのと同じくらい(もしくはそれ以上)嫌いな物を訊くことに意味があると感じる。
時として、何が好きかより何が嫌いかの方が遥かに雄弁にその人を語ると考えてしまいます。
また、特に強く嫌うものはその人自身の裏返しであることが多いです。
自分の中にあるからこそ嫌う。いわゆる同族嫌悪ですよね
激しく嫌うものって大概、自分の中に関係があるものです。
私が嫌うものも、要するにそーゆーことですね・・・(゜д゜∗) ポッ ・・・なぜ照れる?

よく言われるように「好き」の対極にある感情は「嫌い」じゃなく、「無関心」だと私も思う。

で、そういうわけで、自分が他人の「嫌いなもの」に興味があるので、他人に求めるならまず自分が晒せよ(怒)と自らに対して思ってしまう気持ちが強い、というのがあるのだと思う。
嫌いなものを他人に言うのって、実際勇気がいる行為だからね。好きなものを言うことほどにはたやすくないからね・・・。うっかり相手の好きなものだったりしたら完全に地雷を踏むだけだし、単純に何かを嫌いって言う奴ってイヤな感じと思われるかもしれないの嫌だし。

(※なかなかに長い記事でそろそろいやんなってきたかと思いますが、ここまで読んでくれたらどうせなのでもう最後までお付き合いくださいw(´∀`)そんなあなたが好きです。もうちっとだけ続くんじゃ。ってやつっす)

              
私は言葉が好きです。人間には言葉があるということの意味と、言葉で人と繋がることを基本的に「信じている」んだと思う。そうであって欲しいと願っている、のかもしれない。だからこういう「書くこと」が好きなわけです。
でも、言葉を過信してはいけないとも思っている。
言葉、それも一切顔の見えない、言葉だけ、という伝達手段はすごく危ういものだ。どんなに言葉を尽くしても、行間に思いを込めても、こちらの意図や気持ちが正確に伝わるとは限らない。
伝わらない、と思っといた方がいいくらいでしょう、きっと。

人は見たいように見る生き物だし、感じたいように感じる生き物だ。私自身がむろんそうであるように、だ。

私自身が誰かの言葉で勝手に傷つくことがあるなら、私の言葉で意図したことではないのに傷つく人がいるかもしれない。そう思います。
それは誤解であるかもしれないけれど、もし誤解であってもそれを伝える術はきっとないのだろう。
私はそう思う。
それが私の「言葉の限界」なのだと思う。
それはそこで諦めて、でも忘れないで次に生かそうと。読み返せるものであれば読み返して、反省して、次はここを気を付けよう・・・と思えたらそうして、どこが悪かったか分からなかったとしても、それはそのままにしておいて、これからもずっと考え続ければいい。というかそうするしかないことだ。

何というか・・・、何の責任もデメリットも負いたくないなら「何も言わないでおく」が最良だ。それこそが最良の損をしない生き方だ。
これは、ブログを始め「何かを書いて自分の思いを外に発信することをしたことがある人」なら誰しもが思い当たることなんじゃないかと思う。

何かをこうやって書くこと、本音で好きなことを書くこと、は、特に金が入るようなことがない以上、ぶっちゃけデメリットしかない。

それでも書くというのは。
何なんだろうなと自分でも思う。

人には何かしら、これがしたくて我慢できないというものがあって、私にとってはそれは「自分の考えや思いを誰かの目に触れるところに表すこと」なんじゃないか・・・と思ったりもする。

私にとってはこのブログという場所にはそういう思いがあり、また言い方を変えればそういう思いしかない、とも言えるものです。


最後になりますが、これは大事なことなので念を入れて改めて記しておこうと思います。
ここに書いた内容やスタンスはあくまで「私が私自身について」思い、「私がそうしたいから」そうしているということであって、当たり前ですが他の人や他のブログには一切あてはまりませんし、何ら関係しません。
例えばブログでお金を稼ぐために面白い記事を書いてくれるブログ、アクセス数アップを目標にして更新の早いブログに普通に超好きで日参させてもらっている大好きブログがたくさんあります。お金やアクセス数を稼ぐことを目的にブログ運営したって何にも悪いことなんかありゃしません。当然だけど。こっちもランキングや広告ポチすることくらいしか感謝は表せませんが・・・(´ρ`)


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ちなみに、私の名前の石(ここでは石ころ石)は、生まれ変わったら道端の花ならぬ石になりたいと思ったところから来ています。
自身は痛みも暑さも感情もなく、ただただ世界を眺めていたい。終わりまで。

願わくば、今生の私の性格のように尖って怯えた視線じゃなく、生まれ変わった自身の姿のように小さく丸い感覚で。



やっと終わりです。
たかが私のブログスタンスごとき、最後まで読んで下さったことに感謝です。ありがとうごさいました(´∀`)



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