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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

私がtwitterを止めた理由。

自分語り 世間話 真面目な話

SNSmixitwitterのみ、ガラケーなのでLINEにも縁ナシ、という一昔前の人間モロ出しな石です、こんぬづわ(´ω`)
ガラケーでもLINEできるって聞いたけど、へーと思いつつやる気はない(キリッ。
そもそもやるほど友達がいない(キリッ
・・・(T_T)

えー涙を拭いてと。
そういえば何年か前、北米在住の妹に海外ではFacebookが圧倒的シェアだと聞き、「Facebookやったら?」と言われたんだけども、同人からインターネットに入った、しかも古い人間の私からすると、どうしても「本名でネットをやる」ということに抵抗があるんだよねー信じられない。・・・有り得ない。
どうも海外では割と抵抗なく本名から顔出しが当たり前なように見える。時には住所まで晒して(だよね?)、例えば「誰にも祝ってもらえないと呟いたところ誕生日カードが何千枚も届いて歓喜!」だのがニュースになり、こっちもほっこり温かい気持ちになったりするわけだが・・・

日本だと、基本的には自分の顔(及び個人情報)を晒すことは一般的じゃなく、ましてや他人や自分の子供の顔を晒すのはDQN行為とすらされていますよね・・・

この違いは何なのだろう(゜д゜)
国民性はもちろんなんだけどさ・・・
やはり国土が狭いから特定と身バレを避ける心理が発達したのだろうか。


それはさておきですね、今回は私がtwitterを止めた、正確には長年使っていたアカウントを消したきっかけを思い出すと未だに胸糞なので、吐き出しておこうという話です。
胸糞と言ってもあくまでその時の私が個人的に感じたってだけの話です。
まあいわゆるただの私的な愚痴ですよね(゜д゜)
こういう愚痴が嫌いな人は回れ右で4649!でも基本私はこういう愚痴ばっかりの人間だよ!テヘ☆だよ!

 

それは、ある育児つながりの相互フォロワーさん(Aさんとします)のツイート。
前提としてAさんとはtwitterで知り合い、現実には会ったこともお話ししたこともない。

彼女は三人目のお子さんが生まれたばかりで大変な日々を過ごしていた。
偉いなあ、大変だなあと思いつつ、こちらとしては陰ながら応援していたつもりで、温かくTLを眺めていた。
そんなある時、Aさんが「大変だけど、これを読んで励まされた」とブログリンクを貼っていたので、「ほうほう、どれどれ(´∀`)」と私も読みに行ってみた。
そこはよくある感じの育児ブログだったんだが、その日記が胸糞だった。

「育児が大変なのは複数子供がいるからこそ、たった一人の育児で大変とか言って欲しくない」
「子供をたくさん産んでいる方が偉いに決まっている」
・・・等々、まー一人っ子育児をディスるディスるwwwwwww
そして何気ない日常の描写にかこつけて “二人の子供がいて大変なはずなのに楽しんじゃってるアテクシ” をアピるアピるwwwwwwwww

さ い で す か ・・・(゜д゜)

わー私が
一番嫌いな種類の人だー(´∀`)w


狭い狭い世界で培われた偏狭な信念を、それが偏狭であると疑いもせず、他人を否定・批判している人が私は大嫌いだ。
自分がたまたまそれができる恵まれた環境にいるかもしれないなんてことは微塵も考えたりしない。
想像力が欠如している。

まず、育児における苦労の大小を決める最大要素は子供の数じゃない。
それはな、金だ。

・・・暴論すぎる(゜д゜;)w まあこれについてはまた後述。


そもそも、フォロワーAさんは、それまでのツイートから察するにある程度のレベル以上の裕福なご家庭であることはたやすく窺い知れていた。
かなりの都心のマンションにお住まいで動物を飼っていて、子供の服もブランドもの、お高い家電の話、親戚等とのホテルでの食事会、エステ、ハイソな旅行の話・・・
わー私とは住む世界が違う人だったー(´∀`)w
と思いつつ、それはそれ。Aさん自身の人間性には関係ないし、と思っていた。
真に裕福な階級の人の例に漏れず、言葉や文章にも品が感じられたし。

でも、それ以降どうしてもAさんとは交流できなくなった。
それで新しいアカウントを取り、もとのアカウントは消した。

どんな愚痴を吐いたって全然構わない。

でも、あれはダメだ。

「一人っ子の育児なんて大変じゃない」なんてことを匿名でもなく誰でも見られる自身のブログに堂々と書いてしまえる人のそんな文章に「励まされた」って・・・それをこれまた誰でも見られるtwitter上に、しかも割とやりとりとかして仲良くしていた私含め他の人たち全員一人っ子持ちww・・・の相互フォロワー達にわざわざ晒してしまえるような感覚の持ち主、ダメだ。私は無理。

実際さ、子供が一人より二人、二人より三人の方が絶対的に大変なのは当然だと思うよ。認めるよ。私なんか一人しかいないのにメンタル病んで地獄とか言ってるよw すみません
「子供が一人しかいないのに育児が辛いとか言って欲しくない(私の方がずっと大変なのに)!」って思うことは普通にあるだろうよ。もし私だったら毎日そう思ってグチグチ言ってるよw 
すんませんほんとダメ人間で。

・・・でもさ、それ、書いちゃアカン。言っちゃアカン。
と思うんですよ。私。
万人の目に触れるインターネッツで、署名入れて堂々と書いちゃダメだ。

何故なら、それ、いい大人はやっちゃいけない恥ずかしい・浅ましい行為だから。
例えば、走るのが好きな小学生が足の遅い運動の苦手なクラスメート(その子にとっては全ての運動競技が苦手)に「そんな簡単な練習で辛いとか言わないでよ、僕のリレーの練習の方がずっと大変なのに!」って言うのと本質的に全く一緒だから。
小学生なら分かるよ。子供だから。他人の気持ちに配慮なんかできなくたって仕方ないよね。
でも大人が、しかも母親が、しかもドヤ顔でそれ言ったらアカンw(´ρ`)

個人の事情が千差万別であるように、家庭の事情も人それぞれでしょう。
大変さは比べられない。
比べると言うのなら、じゃあ
「一人っ子で裕福でもなく、近くに頼れる身内・知人もおらず、子供は癇癪持ちで神経質な、いわゆる育てにくい子でおまけに病弱、旦那は激務で休日もほとんどない・・・という状況」
と、

三人子供がいて裕福、実家も近くて親も元気でよくみてくれる、旦那の仕事は5時9時で有給もガンガン取れる超真っ白企業・・・という状況」、

・・・果たしてどっちが大変ですかね?(゜д゜)

多少極端かもしれないけど、 でも、実際こういうことだと思うんだよね。ちなみに前者が私ってんじゃないですよ別に。うちの息子は病弱でも癇癪持ちでもないっス。

Aさんはさ、裕福だからシッターさんやお手伝いさんもよく頼んでいたんだよね。それはその人の家庭の都合だし自由だ。
でも、もし「お金で助けを頼めるくらい裕福な人に育児が大変だなんて言って欲しくない」って私がtwitterで呟いたとしたら、どう感じただろう。彼女は。
それと全く同じだと思う。
書かないけど。
思ってるけど(゜д゜)w
思ってても、書かないよ。本人が見てるところで。あてつけじゃん。思う瞬間があったとしても、相手を好きならその相手が目にして嫌な気持ちになるかもしれないそんなこと書かないよね。もともと嫌いで離れたいと望んでいたら別だけど。

つかぶっちゃけ、子供が一人か複数かなんて、育児ひっくるめた母親の「大変か大変じゃないか」を決める沢山の要素の中のただ一つ(しかも割と小さな)でしかないと思うんですよ、私。
もちろん貧乏か裕福かだってそうだ。

まあそれ以前に身も蓋もないことを言うなら、二人目を作ったのはあんたの意志でしょうとそのブロガーには言いたい。
強制的に「育てろ!」と国から二人目の子供を預けられたわけじゃないよね。
なのに「二人っ子育児大変age!一人っ子育児の人はみんな楽で大変じゃないsage!」か。

いや、「大変だ大変だ」「辛いよ辛いよ」って言うだけならいくらだってアピっていいんですよ。
弱音や愚痴を吐いて少しでも気が紛れるなら、どんだけ言ったって、書いたっていいよ。そう思う。

でも、知りもしない他人の大変さをsageたらダメだ。

ここだよね。ここ。もうここだけだよ。大事なのは。私の胸糞ポイントは。
大事なことだから二度書きます。

知りもしない他人の大変さをsageたらダメだ。


よく知りもしないでだよ。まあ知ってんならいいよ別に。批判したって。でも知らないでしょ。他の、一人っ子だけど大変な状況の家庭。
ほら、ここもフラットなんだよね。現代日本で、私が気持ち悪いと感じている風潮に共通の感覚。
みんな一緒くたにしちゃってるの。自分の偏った思い込みの中で。「子供が一人しかいない家庭」って、たった一つに。
「子供が一人しかいない家庭」には何千、何万というそれぞれ全く違う環境と事情があるのに。

欲しくたってできないかもしれないじゃない。

自分が特別恵まれた環境かもしれない可能性を考慮もせずに。



ブロガーの人は、子供のいない夫婦には「結婚してるのに子供を作らないなんて自分勝手。社会的に責任を果たそうとしない人間」、独身に対しては「結婚しないのは責任を負うのが嫌だから。いつまでも子供でいたい恥ずべき人間」と否定・批判をするんだろうか。
もししないんなら、「一人っ子育児で大変なんて言うのは甘えてる」はそれらの発言と全く同じものだと気付いているだろうか。いないだろうな。

子供のいない家庭には努力しているのにできない事情はもちろん、その他の病気など器質的な問題、身内の事情だってあるのかもしれない。結婚していない人にはたまたま出会いがないだけかもしれない。仕事や家族の介護で忙しくそんな時間も作れないのかもしれない。
仮になんの事情もなかったとしてもだ、それを「私より楽をしているのに大変なんて言って欲しくない」と批判する権利は別にお前にはない!(゜д゜)
激しくそう思うんですよ。

こういう人が、例えば「就職できないのは自己責任(キリッ」とか言っちゃうんだろうなー。「いじめはいじめられる側にも問題がある(キリッ」(※いじめられ側に問題があることとそれに対していじめを行うことは別個の問題。切り離して扱うべき)とかもか。あ、鬱病になるのは気持ちが甘えてるから(キリッ」(※鬱病は病気)とか言っちゃう昔の人の感性もこれにだいぶ近いか。「今の若者は」とかもそうだね。
総じて、自分の環境しか知り得ないのに、その狭い世界の自分だけの常識で他人を簡単に批判・否定してしまう。
心で思うだけでなく(思うだけなら何だって自由です)、堂々と公言してしまえる。
こういう人が自分の感覚に疑問も自覚も持たず自信満々で母親をやっている、という事実が心底怖いよ、あたしゃ・・・(゜д゜;)




・・・と、思い出す度に胸糞悪くフンガーとなってたんですが、今日、洗濯物を畳んでいるときに突然ふっと湧いた新たな感情があったので、追加。

「あのブロガーの人は、本当に楽しいんだろうか・・・?」

毎日充実していて忙しいけど楽しいよアピールをガンガン振りまいていたブログと文章だったけれど、よく考えてみたら、本当に楽しくて幸せで毎日ハッピーで充実しているなら、他人のことなんか気にならないよね。
他人の育児が、一人っ子だろうが子沢山だろうが、大変だろうが楽々だろうが、そんなことどーでもいいはずだよね。
少なくとも、大変だって弱音を吐いている人にわざわざ否定と批判の矢を向けたりしないよね。
そんなどーでもいいことに楽しくて幸せな日々の時間を使いたくなんかないもん。

私ならきっとそう。

二人っ子育児を満喫して幸せなお母さん主婦アピールを必死でしていたあのブログの人は、本当は楽しくなく、幸せでもなかったんだろう。必死でそう思おうとしていたのかもしれない
他人の幸せ・不幸せが気になるのは、自身が現在不幸せな人間だけだ。
私の心に、初めて「かわいそうだな」という言葉が浮かんだ。


実は断捨離を始めて、最近こういった気持ちの変化に気付くことがよく出てきて我ながら驚いている。
やはり、断捨離経験者がよく言うようにガラクタを片付けることは心を片付けることなのかもしれない。不思議だけど。
うちは全然まだまだだけど、家の中の物が本当にほぐれてきたら、自分の心にも素直に新しい空気が入ってくるのかもしれない。
そうなったらいいなーと思っている。

 

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