願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

“愚痴” についての一見解

愚痴の多い人間です。

はい、
自己紹介終わり(゜д゜)



・・・さて、愚痴について「言ってもどうにもならないことを言ったって仕方ない」という理由で嫌う人がいますが(うちの母親とか)、私はそれには異論を唱えたい派です。
逆に訊きたい。
「じゃあ、どうにかなることをグチグチ言うのはいいのか」と。

個人的にはこっちの方がずっと嫌なんだけど(゜д゜)

どうにかしようとすればどうにかなるのに、グチグチ言うばっかりで何にもしない人、ホント嫌いなんですけど。イライラする。

愚痴ってのは、本来、自分の力じゃどうにもならないことをグチグチ言うことによって外に吐き出し発散させ、心を何とか正常に保つための自浄作用のようなもんなんじゃないのか。
消化しきれないものを身体が排泄するように。

どうにもならないことだからこそ、愚痴を言うくらいしか手がない、んじゃないのか。

個人的に、愚痴を言うのも聞くのも声高に嫌がる人って、どっちかというと恵まれている方の人で、そしてそのことに無自覚でいる人なんじゃないかと思っている。
例えば自分の力や努力じゃどうにもならない苦労を生まれつき、小さい時から知っている人は、たとえ自身が愚痴を言うのは控えていたとしても、誰かが愚痴を吐かずにおれないときの心情を理解しているから、止めたり諌めたりはしないだろう。

問答無用で愚痴を嫌う人は、弱さの存在を認めない人だ。

たまたま自身はそれを持たずに済んだだけだったということを自覚せず、恵まれた自分自身と同じ状態を常に他人にも無自覚に強要するエゴイストだ。

そういう人は、自身が期せずして弱い状態になったときに初めてそれを知る。

生まれつき、赤ん坊の頃から何かしらハンデを背負い、自身の弱さと向き合うことを定められた人間と、60、70になってから初めてその身に知る人間。
どちらが幸いなのかは分からない。
ただ、内面の深淵の深さは前者に後者が敵うことは永遠にない。





広告を非表示にする