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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

何でもかんでも秘すれば花。

世間話 哲学・思想

人間が他の動物と違って厄介なところは沢山あるわけだが、タイトルにした性質もその一つだと思う。
本来の言葉の意味とは少し違うが。

例えば犬が、目の前にある肉と戸棚に隠した肉、まったく同じ肉だとしてどっちを欲しがるかと言えば、手に入りやすい場所にある方だ。
多分、人間だけが違う。
人間だけが、「今ここにない、あっちに隠れているものの方が良いものなんじゃないか」と考える。まったく同じものだと分かっていても、なぜか手元にある「こっち」じゃなくて手の届かない所にある「あっち」の方が欲しくなったりする。
秘すれば花」じゃなくて、むしろ「秘するからこそ、花に見えてくる」んじゃないか。

また、ひとは、より希少なものに高い価値をつける。希少だから、が価値の絶対理由にもなる、不思議な価値観の生き物だ。
他の動物は、どんなに希少なものでも自分の生活に必要のないものには見向きもしない。
人間だけは違う。
希少だから、という理由でそれを手に入れられる自分の社会的な力を見せつけるために、好んで胡椒をワインにふりかけて飲んだりする奇特な生き物だ。
「ただの草であっても希少なら、花(と同じ扱い)」

要するに、価値を高く思わせるには出し惜しみをすること、に尽きる。

例えば、女性が肌も顔も隠すことが当然な環境では、男性にとって女性がそれらを露出することが充分な性的刺激になる。

いま、日本でロリが全盛なのは頷ける。
ハイペースな少子化で、子供という存在がそもそも昔と較べられないくらい貴重になっている。(なのに大切にされていないのは不思議だが)
また、性表現のオープン化で、成人の露出はお腹いっぱいなほど溢れている。アンダーヘアなんて言われてほぼ事件にまでなったヘアヌード、今ではどこの週刊誌にも当たり前に(袋とじにもせずに)載っている。ただし、成人に限る。
子供の露出や性的な表現は、アメリカの影響もあるんだろうが先進国としては今や当然であるレベルにまで厳しく規制されるようになった。昔はパンツが見えてる子なんて普通にいたし、子供が素っ裸で水浴びをしているのをテレビが流したって何の問題もなかった。
それは、世間が、つまり多くの国民が、子供は性の対象なんかじゃなかったからだ(もちろん一部の常に存在しているロリコン者は除く)。そもそも子供の数が多く、希少でもない。むしろ邪魔だ。そこらへんに掃いて捨てるほどわらわらしているガキの裸なんか見たって何が面白いんだか、という感覚が当たり前に全国民に共有されていた。と思う。
その反面、成人女性の肉体はまだ厳しく規制されていた。

今、子供は希少だ。
そして、更に子供の露出は希少だ。近年、私はいつアニメ『サザエさん』のワカメのパンツが規制されるか、冷や冷やしている。いや、あの白いパンツを見ている方が今は実はずっと冷や冷やする。あれを見てロリコンに目覚める輩が、実際の少女に興味を持ち始める輩がいないだろうか、と・・・

希少性ゆえの価値はどうすることもできない。

それならば、成人のエロを隠せばいい。いや、隠すしかない。隠してしまえ、とことん!(゜д゜) ・・・と、私は考える。
ヘアヌードはもちろんだ。乳首なんてもってのほか、パイオツも谷間も禁止。いや、女性はノースリーブを着るのも禁止。スカートは生足厳禁、膝丈以上は罰金。
・・・さすれば、氾濫するエロに食傷しきった現代の男性も、生身の、大人の女性に性的な興奮を強く感じるようになるんではないか。


ロリコン欲望を抑えきれず、いたずらしたかった、という理由で、年端もいかない罪のない子供たちが鬼畜クズ無職男にさらわれて殺されるようなことも減るんじゃないか。
癒えることのない怒りと悲しみと絶望に死ぬまで心と身体を支配されて残りの人生を生きなければならない、残される親も・・・




まあとにかく何が言いたかったかというと、以前の日記でも似たようなことを書いたけど、もういい加減真剣に20~50代で無職の男はどっかにひとまとめにして収容してくんねーか?」(゜д゜) ・・・ってこった。


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