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願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

“他者” に支配される~ボーダーとわたし


さて、ボーダー(境界性パーソナリティー障害)に【自己】がないこと、そしてそれによる苦しみについてグチグチと書いているわけですが、その具体的な例としての私自身についての話をします。

まさに他人と自分の境界・ “ボーダーライン” がとても不安定で曖昧だ。これをあるベクトルで言い換えると、 “感情移入が半端ない” ということになる。

ええと、私は特に小説や映画やドラマで悲劇、特にフィクションの悲劇を鑑賞するという行為がとても嫌いで、「泣ける!」という煽りのちょっとでもついた作品は一生観ないと決めていて、多分本当に自分からは死ぬまで観ないと思う。
脅されたり、金品で釣られたり、たまたまテレビをつけたところでやっていてその作品とは知らずうっかりそのまま見ちゃった、とかでなら観るけどね。映画「ゴースト」はそのパターンで観たよ。号泣。
あれはいい映画でしたね・・・(つд`)

それはおいといて。

で、小説や映画やドラマといったフィクション作品はもう何年もほとんど見ていないんだけれども、それは “いわゆる人間ドラマ”(を鑑賞すること)が好きじゃないからなんだけれども、なんで好きじゃないかというとそんなもん見たってつまらないから「嫌な気持ち(悲しい・悔しい・切ない・憎い・いたたまれない・・・等々)になりたくないから」という感情が根源にある。

これもボーダーならではの気質として私は感情を制御できない。だから、一旦そういう気持ちになると全てが引きずられてしまい、心が激しく疲弊する。
そして、ボーダーの特徴として、周囲にもその鬱憤は撒き散らされるという・・・はなはだ迷惑千万な行為が・・・私の自制の及ばないところで行われるというね・・・一番の問題があるわけですねorz

登場人物に激しく感情移入・或いは作品世界に簡単に没入し切ってしまうので、その人物が何か理不尽な目に遭ったり、自分の正義と反していると感じるようなことがあったりすると、激しくイライラする。
あと、すれ違いもイライラする。「東京ラブストーリー」(古くてすみません。なんとか周りに合わせようとこういうものを観ていた時代もたまにはありました・・・つーか鈴木保奈美のこれ系は結構好きだったようで、「愛という名のもとに」も観てた。そういえば。そもそもあまり観ないので、観たドラマは覚えているんだねー。って、長!)のカンチが部屋を出た瞬間にリカが電話をかけるとか、抱き合った時にたまたま偶然通りかかって見られてたとかの古典的ベタは全部ダメ。

もうね、志村後ろ!とかも下手すりゃダメというね・・・(´ρ`)

だから、そういう演出というものが不可欠な形態であるドラマというものはもともと見ない、ということになる。精神衛生に非常に悪いわけです。
ちょっと前の日記で私は再現ドラマが大嫌いだと書いたことがあるんだけど、再現ドラマなんて特に頭に来ただのびっくりしただの、私がイライラするシーンだけを演じさせるためにあるようなものなんだから、そりゃ当然ですってことになるね・・・。

夫なんかはもうわかっていて、例えばニュースをつけていて韓国中国ネタ、子供動物理不尽・悲劇ネタ、アホ政治家の戯言、なんかの私がキレそうになる話題になるともー速攻でチャンネルを変えてくれるようになった。或いはテレビを消してくれる。


話は突然変わるんですが、高嶋ちさ子っているじゃないですか。バイオリニストの。
彼女を初めて見た時の感想が「私みたいな人がいる・・・(゜д゜)←マジでこんな顔になった」だったんだよね。
何かの番組で自分のエピソードを話してたんだけど、とにかくすぐキレていて、しかもその、一瞬で沸点・罵詈雑言!というゆースタイルのキレ方が私と全く同じように見えた。
でも美人だし、バイオリニストだし、なんでこんな人が不平不満の権化である私みたいなダイナマイト花火みたいなキレ方してんだ?って衝撃だったわけですよ。
しかし、こんな美人で才能と地位もある人でもこうなんだーと思ったことで、「宝くじで1~2億当たれば私だって心に余裕もできて一日中穏やかにしていてやんよwwwwハナホジ」なんて家族に吹聴していた己の浅はかさと間違いに気付きました。

いえ、高嶋さんはボーダーじゃないだろうし、容姿も才能も努力も私とはねじれの位置くらい違う雲の上の世界の住人なので、同じだとは思ってませんよ! 書くまでもないけどね! 念の為!

 

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