願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

つれづれ。

子供を産んでから現在、もともとない体力が更になくなったような気がする。気がするだけじゃなくて本当に・・・。

私はもともとかなり出不精(引きこもりに近い感じのレベル)なんだけど、子供が小さいうちは母親というものは自由に動けないので、出不精気質の方がそれがストレスにならなくてかえっていいんじゃないかと思っていたが、それは違ってた。
確かに生まれてから月齢の低いうちは、出かけることが楽しみという人は辛いと思う。
でも、その期間を過ぎて誰か見ていてくれる人がいるなら、少しでも外に出ることで息抜きができるようになる。
外出がストレス解消になるタイプなら。
だけど、私のように、外に出ることがストレスで家の中にいるのが大好き、布団で一人ゴロゴロしてストレス解消するタイプだと、一見一楽そうなのに実はなかなかストレスを解消できなかったりする。
まず、家に一人きりでいられることがない。
夫が子供を散歩に連れて行ってくれたとしても、どんなに長くても2~3時間だ。
もうね、できれば一カ月くらい一人きりになりたい。

まあそれは多少極端だとしてもね。

もしも私がうちの母親のようにお出かけが好きで、買い物とかドライブとか外出することでストレス解消ができる人間だったなら、一か月に数回でも半日のんびり自由に出かけてスッキリできるのになーと、自分の超インドア体質をものすごく恨めしく思うのです・・・。
ちなみに実母はとにかく出かけることが大好きです。普段、電車を乗り継いで2時間弱の時間をかけてパートに行っていて、よく休みの日までどこかへ出かけたいと思えるよ・・・。そのバイタリティーがすごいなーといつも思ってしまう。
つか、この年代の人の体力というか元気さって、異常だと思うYO・・・

つか、小さい子供のいるお母さんてみんなどーやって毎日をこなしているんだろう・・・。すごすぎる。私は一日分の家事が一日で終わらない。日々そのことに愕然とする。

関係ないんだけど、最近ちょっと残念なのが曾野綾子
好きだったんだけどなー。

誰であっても、自らが「権威」になってしまうと、途端に自分のことが見えなくなってしまう。特に作家という、自身の内に理想を追い求める職業の人はどうしてもそうなりがちなんだけど(村上春樹とかその典型だと思う)、曾野さんのようなしっかりとした女性ですらこうなのだから、凡人(私を当然含む)は言わずもがなだよね・・・と思った。なるべくこういうケースにたくさん気付いて、記憶に残しておこう。
まあ、才女だからこそなりがちなのかなー。
権威が悪いことなんじゃないんだよね。権威になってしまうと、周りに持ち上げる人しかいなくなってしまう。その環境に耐え、もしくは振り払って自身を正確に認識できるかというと、それをできる人間って滅多にいないと思う。その人が悪いんじゃなくて、それは本当に難しいことだと思うから。
で、自分のことが正確に認識できなくなると、自分の中にも「自身は権威」という思いが意識下にできてしまって、要するに思い上がった状態になる。
自分は何を言っても許される、そういう立場にある、自分の言っていることは正しいことだ、・・・という思い込みが一旦作り上げられると、人というのは自分自身ではなかなかもうそれを壊すことはできなくなる。
人間てそういうものだと思う。
自分が変わってしまった場合、自分は変わったことを正確に認識できる作家は多くない。
売れて途端に小金持ちになり、生活が変わっても、我こそが庶民の代表みたいな口調で主張をしていたりする。ちゃんちゃらおかしい

金持ちになってもよろしい。

自分が努力した、または才能がもたらした富だ。堂々と裕福に暮らせばいい。世界が変わったと言えばいい。
ただし、世界が変われば自分も変わる。
そのことには常に敏感に気付き続けていて欲しい・・・と、一読者は切に思う。

・・・いや、曾野さんの場合はお金とかじゃなくて、自分の知らないことにまで自分が正しいと主張し始めたところ。
自分が直接関わっていない世界のことを話したり考えたりする時には、「自分はその世界のすべてを知っているわけではない」という謙虚な自覚が絶対に必要なのに、最近の文章にはどうもそれがまったくない。
そういうものを一番大事にしていた人だと思っていたんだが・・・残念。



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