願わくばまんまるく、徒然。

願わくば道端の石のように穏やかに、永遠の傍観者に。

震災遺構に。

震災遺構は残すべきだ。もっと残すべきだった。
特に、大きな大きな船が建物の上に完全に乗り上がったままのものは。

今朝のニュースで、震災の語り部として被災地を案内している方が、遺構が撤去され今は緑の生えた更地にてその場所の当時の壮絶な写真を見せながら説明しているが、やはりなかなかピンとこないようだ・・・と言っていた。

それは当時から分かり切っていたことだと思う。
人間は忘れる。忘れたいし。
原爆ドームも当時は残すことに反対する人が多かったと聞いた。
それも当然だろう。
費用もかなりかかるらしいし・・・。
だからこそ国が決断しなければならなかったんだよ。私はそう思う。
自治体って、地方って、国って、その区分けって何なんだろう。明らかにデメリットの方が大きい気がするんだよなー。国にとって都合がいいようにされてるよね。国が面倒くさくてやりたくないから、お金を出したくないから、それは自治体がやること、自治体とそこの住民の主権です、みたいなww

どこに住んでたって全員同じ国の国民でしょ(゜д゜)
日本は先進国のくせに、その国土の狭さに較べると、たまたま住んでる場所によって受ける恩恵やデメリットの格差が結構大きいと思う。

と、これはまあ置いといて、震災遺構の話。

私が考える、国がやらなきゃならなかった重要な理由はもう一つある。
被災した当事者は撤去を望む、というのが当然だから。
被災自治体の首長がよく「撤去するか保存するか住民の意見を聞いて・・・」なんてやっていたけれど、それでは正しい判断は絶対にできない
大切な人が亡くなった場所を、身近にそのままにしておきたいと望む人間がいるだろうか。多分いない。
住民だからこそ遺構はいらないのだ。
遺構はむしろ被災していない全ての人間のために残すものだ。だからこそ、政府の力が必要なんである。

傷は消えないけれど、時が経つごとに少しずつ辛い記憶もやがては薄れ、当時は被災した建物を残すことに反対していた住民も、未来のために教訓として生かして欲しいと思うようになるかもしれない。
でも、その時にはもう遅いんである。

独裁国家じゃないことを残念に思うのは唯一こんな時だ。
例えば北朝鮮なら、中国なら、住民が泣こうと抗議しようと国家のために残すと決定したなら断固として速やかに決行しただろう。
それがいいとは言わないんだけどさー。

民主主義の、住民主権の日本でもせめて、国民の未来のために政府が、一国のトップがその思いと責任を引き受ける!みたいなことができても良かったんだよね。いや、だからそれをやるべきだったんだよね・・・。いや、それをやるのが政府ってもんなんだよね・・・本来
国民が判断するには重すぎることを、その思いや責任をまるごと引き受けて決断する。そのための機構が本来の政府なんじゃないか?
もちろんお子ちゃま政権ごっこの民主党には不可能で当然なんだけど(本当にムカつく。)、安倍ちゃんは当時自政権じゃなかったしーとばかりにまったく関わる気がなさそうなのがなんだかなーと思います。法律でもなんでもかんでも一国の長である総理大臣の管轄なんじゃないのー?ねーねー。

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